あずさ45号
「ふう。遅延してるって書いてあったけど、なんとか時間通り来そうだね。」
新宿駅9番線のプラットホームの中頃で、スマホを片手に時間を確認する。浜松町から20分強で到着したは良いものの、親に黙って東京に遊びに来た紫苑が無事に長野に帰れるまでがこの日のミッションである。
「いい気分転換になった?」
「うん、もう本当に!こっちにいた頃は休みの日も引き籠ってたから、こんな観光らしい観光とかしてなかった。いろいろ行けて、たくさん歩いて、明日は筋肉痛だと思うけど充実した1日だった!」
それもそうだ。昼前に新宿に到着し、その足で東京都庁の展望台に上り、新宿御苑を見て周り、国立競技場や明治神宮外苑前のイチョウ並木通りを歩き、青山でランチ後に東京タワーに上った。およそ7時間で軽く2万歩を超えるちょっとした旅を制覇したものの、デスクワークが主である紫苑にとっては体の負担はきっと大きかったであろう。
「次は俺が長野に行きたいなぁ。龍岡城跡の五稜郭とか松本城も行きたいし、お蕎麦とかさっき教えてくれたわさびコロッケ?も食べてみたい。」
「ぜひ来てよ!これと言った名所は何もないけど、果物も美味しいし!」
もちろんそれもある。だけど、紫苑と一緒に行けるならどこでもいい。だって楽しいんだもん。必ずまた会いたい。一緒に出掛けようね。
「まもなく9番線に、あずさ45号松本行きが参ります」
都会の駅では聞き馴染みのある田中一永氏の車両接近アナウンスが流れる。まもなく別れの時だ。
「今日は本当にありがとう。気を付けて帰ってね。」
「うん。こちらこそ1日ありがとう。またね!」
プラットホームとは反対側の指定席に座った紫苑の横顔は、クリスマスのあの夜と同じように美しかった。僅かに寂しそうな表情を見せながらも、18時ちょうどに発車したE353から手を振る紫苑の姿を最後まで見送った。
東京なんて住むところじゃないってずっと言ってたけど、それでも東京まで会いに来てくれて、1日たくさん遊んで、それで思い出を作れたのなら値千金だよね。かけがえの無い時間ほどあっという間にすぎるのが惜しいよ。だからきっと、また会いたいって思えるんだな。
さて、俺は総武線に乗って帰るとするか。到着早々に貰った信州銘菓くるみやまびこを早く食べたい。




