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第六話:ミッドナイト・バッファ・部屋割りの攻防

 駅近くのビジネスホテルのフロント。自動ドアが開くと、暖房の効いた空気が俺の冷え切った頬を叩いた。

 親父と雅さんは、とっくにチェックインを済ませてエレベーターの向こう側へ消えていった。


「……はぁ。やりたかないねー、ホンマに。さっさとカードキー(ログインキー)貰って、泥のように眠らせてくれ」


 俺がフロントに歩み寄ろうとすると、博雅がスマホを片手に、死ぬほど気まずそうな顔で俺の肩を叩いた。


「……晴明。悪い、今これ見てくれ。泰臣さんからメッセージが来とる」


 画面を覗き込むと、そこには親父からの最悪なパッチ(通知)が届いていた。

『宿泊の手配は済ませておいたぞ。雅ちゃんと俺、博雅はシングル、晴明と道満はダブル。指輪もお揃いなんだし、リソースの節約だ。仲良く同期シンクロして寝ろよ。あ、母ちゃんには内緒な!』


「……あの、クソ親父が……ッ!」


 俺がスマホを叩き割りそうになる横で、道満が「ひゃ、ダブル……!?」と、ショートした機械みたいな声を上げた。彼女の顔は、さっきの居酒屋の時よりもさらに数段赤い。


「……あ、あの、晴明。……うちは、別に……泰臣さんがせっかく取ってくれたんなら、その……」


 道満が指先をいじりながら、視線を床のテクスチャに固定する。指輪が呼応して、かつてないほど熱く拍動しているのが、繋いでもいない俺の手にも伝わってくる。


「……いや、無理やろ。博雅、お前、シングルなんやろ? 俺と……」


「……悪い、晴明。……俺、泰臣さんに『雅ちゃんと二人きりは流石に緊張するから、博雅くんも同じフロアのシングルに居てよ』って言われてん。……だから、俺がシングルなのは確定ログや」


 博雅はすまんと手を合わせつつも、その目には「俺をこれ以上巻き込むな」という強い拒絶のパケットが宿っていた。


「……じゃあ、何か。俺と道満で、一つのベッドを共有しろってか。……やりたかないねー、ホンマによー……」


 なぁ、あんたならどう思う?

 一線を越えた記憶がまだ生々しい幼馴染と、旅先のダブルルーム。

 明日の「お菊さん」のスキャンどころか、今夜の「道満のアップデート」に耐えられる気がしねーよ。


「……行くぞ。……道満。……一パケットも、はみ出すなよ……」


 俺は震える手でフロントのカードキーを受け取り、地獄の入口……いや、エレベーターへと足を向けた。


チーン、というエレベーターの到着音が、死刑宣告のチャイムみたいに響く。


 博雅は「じゃあな、二人とも。……生存を祈るわ」と、情け容赦ないパケットを投げて自分の階で降りていった。残されたのは、狭い箱の中に閉じ込められた俺と道満の二人だけ。


「……なぁ、道満。お前、さっきから一言もログを吐いてねーけど、生きてるか?」


 問いかけると、道満は俯いたまま「……死んどるわ。うちの心臓のクロック数、もう限界や。……あいつ、絶対わざとや。泰臣さん、全部知ってて楽しんどる」と蚊の鳴くような声で返してきた。


 6階。廊下の突き当たりにある、609号室。

 カードキーをかざしてドアを開けると、そこには案の定、不自然なほど存在感を放つ「一つの大きなベッド」が部屋の中央を占拠していた。


「……やりたかないねー、ホンマに。……物理的なスペースが足りなすぎるんねん」


 俺は荷物を床に放り投げ、窓の外の姫路の夜景を、認識阻害をかけるみたいに凝視した。

 道満は入口で立ち尽くしたまま。指輪の共鳴音が、狭い部屋の中で「ドクン、ドクン」と、俺たちの呼吸を強制的に同期させていく。


「……晴明。……うち、先にシャワー浴びてきてもええ? ……なんか、おでんの匂いが取れへん気がして」


「……ああ。好きにしろ。俺は適当に、地脈のログでもスキャンしてるわ」


 道満が逃げるようにバスルームへ駆け込み、カチリと鍵がかかる音がする。

 数秒後、シャワーの音が聞こえてきた。


 なぁ、あんたならどう思う?

 薄い壁一枚向こうで、あの「三時間のログ」を共に刻んだ幼馴染が服を脱いでいる。

 これ、明日の幽霊退治どころか、今夜中に俺の理性がデリートされる確率、99.9%を超えてるだろ。


「……やりたかないねー、ホンマによー。……一パケットもはみ出すなとか言うたけど、はみ出してんのは、俺の煩悩のログなんだわ……」


 俺は五芒星のジッポを取り出したが、火を点ける手さえ、少しだけ、バグったみたいに震えていた。

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