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煙の行方  作者: てんてん
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第九章 優しさが燃料となる日

汎子についての報道は、連日テレビを騒がせていた。

逮捕時の映像が繰り返し流され、事件の詳細や関係者の背景にまで切り込む報道が続いていた。


そしてある朝、新たな情報が報じられる。


「汎子容疑者の夫が、逮捕の数日前に命を絶っていたことが明らかになりました」

キャスターの静かな声の奥に、妙な熱気があった。


夫・大内敬一。

中堅メーカー『アオバ機工』の経理部に勤務。

優秀で実直な人柄だったという証言が多くの同僚から語られた一方で、周りとの距離を置くタイプの人間で普段はいつも一人だった。——。

そんな中、社外の火に油を注いだのが、思わぬ人物だった。


派遣社員、秋山玲奈。

人事部に所属する派遣社員。

以前から村瀬との関係を唯奈が怪しんでいた人物だ。 


その日、出社時に本社前で記者に呼び止められた彼女。


「アオバ機工の方ですよね? 」

「現在の会社の雰囲気はどうですか?」

「自殺した大内敬一さんについて何か知っていることはありませんか?」


カメラとマイク。

驚いた表情の玲奈は一瞬ためらったが、次の瞬間、まるで役目を与えられたかのように話し始めた。


「本当に……大内さん、可哀想で……でも、やっぱり何かあったみたいで……」

「詳しくは知らないんですけど、なんか…部長が気を遣って、有給?って……」


記者が食い下がる。

「誰からその話を?」


「私、人事部なんで小耳に挟んだだけですけど……」

「私、ああいうの、見て見ぬふりできない性格なんで……」


それは“正義”ではなく、“承認欲求”だった。


「人事部でのご就業だといろんな事が起きて大変でしょう、大内さんの時も大変だったのでは?」


「私は派遣社員なんで大変と言うほどでもなかったです。」


「それから部長は本当に優しい方で……。私なんかにも気を遣ってくださって……」

「あ、でも……大内さんの件は……その、体調が悪いって話で……。あくまで噂ですけど」


「あの……やっぱり会社の中って、いろいろあるんですよね。私、知ってること話した方が良いのかなって思って……」

玲奈の目はまっすぐだった。


それは、他人の死を使って自分を輝かせようとする、笑顔だった。


彼女の中には罪悪感などなかった。ただ、「頑張った自分を見てほしい」という、純粋な願いだけがあった。


翌朝、玲奈の映像はテレビ各局で繰り返し流された。


「派遣社員が語る“自宅待機の裏側”」

「優しい上司 vs 社員追い詰め説」


涙を浮かべ、誰かを守ろうとするような玲奈の口ぶり。

だがその映像は、社内に冷ややかな空気をまとわせた。


ネット上では玲奈の発言がトレンド入りしていた。

「派遣社員が社内情報をペラペラ喋るのは問題だ」

「そもそも、なんでそんなに詳しいのか」

「どこの派遣会社だ」


やがて派遣会社が特定され、派遣元への電話が鳴り続けた。

「どういう教育してるのか」

「あんな人間を送り込んだ責任はどう取るんだ」


派遣会社の株価も評判も下落の一途だった。


篠田は、目の下にクマをつくりながら謝罪メールと報告書に追われていた。




そして迎えた、株主総会。


「自宅待機を命じたのは誰だ」

「一人の社員が飛び降りて死んでるんだぞ!」

「“有給があるから自宅で休めば”で済む話か!」


壇上の役員たちは、沈痛な表情で言葉を濁す。

「人事務の村瀬が何のために、そうの様に告げたのか私どもは全く知りませんでした。」


壇上に立つ社長の額には、控室で浮かんだ汗がそのまま光っていた。


「自分の部下が死んでんだぞ。なんでそんなに他人事なんだよ、あんたら」

老株主の声が震えていた。怒りではなく、呆れと侮蔑に近い。

「あの人の子供は、うちの孫と同い年だよ。お前ら、自分の子供がそんな目に遭っても知らなかったで済ませられるのか!」


質問者席に立つ初老の株主が、手元の資料を机に叩きつけるようにして言った。


怒号は収まらない。

 

「大きな過ちがあったと言う報告は私どもには上がっておりませんでしたので、、申し訳ございません」


「有給を勧めた村瀬とやらをここへ呼べ!説明責任を果たせろ!」


火の手は人事部にも及び、会場は騒然とした空気に包まれた。



その日の午後、喫煙所ではゆきと唯奈が並んで静かにタバコを燻らせていた。


ゆきは一連の騒動を口にする気になれなかったのだ。

口に出さないのは亡くなった大内への弔いだ。


ゆきの心の中では

村瀬が詰められる姿を見るたび、心の中の苦しみが一つずつ成仏していくようだ。


唯奈はぽつりと呟いた。

「私も、あの人に殺されかけたんですよ。ゆきさんが居てくれなかったら私だって...」

ゆきは目を伏せたまま、ゆっくりと煙を吐いた。


「村瀬は自分が喋ったことすら覚えてないのよ」

「自分の口が人を殺すことがあると想像したこともないんでしょうね。」


ゆきの言葉はいつも冷たくて、でも、不思議と現実を突いている。


「私、時間だから戻るね。またね。」

ゆきが立ち去ったあとも、唯奈の前には、彼女が置いていった吸い殻が一本だけ残っていた。

真っ黒に焼けたフィルターの先が、まるで怒りの証拠のように見えた。


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