第四章「優越感という名の虚栄心」
先日、ゆきは静香に会った。
きっかけは久しぶりのLINE。
村瀬からゆきが派遣で来た事を聞き
懐かしい気持ちから近況報告がてら
「たまにはご飯でもどう?」という、ありきたりな誘いだった。
六本木のバー。
オレンジ色の照明と、少し気取ったソファ席。
静香は微笑んでいた。
「これ、俊郎がプレゼントしてくれたの。出会ってから毎月、記念日を作ってくれるの。私のこと、ちゃんと大切にしてくれてるのよ。うふふ」
ゆきは頷き、グラスを傾けながら、黙ってその笑顔を見つめていた。
彼女は知らない。
村瀬が自分と関係を持っていたことを。
ゆきは煙草に火をつけた。
白い煙が夜の風に溶けていく。
気が滅入る再会だった。
だけど、それ以上に、何かが燻っていた。
翌朝のいつもと変わらない喫煙所での風景。
ゆきが煙草に火をつけたとき、不意に静香の顔が脳裏をよぎった。
(あの子は、あのとき何を思ってたんだろう)
あの笑顔の裏に隠された敵意。あれは、気のせいではなかった気がする。
白い煙がゆっくりと立ちのぼり、蛍光灯の光に溶けこんでいた。
かつて静香は偶然、ゆきと村瀬がデートしている所を街中で目撃した。
大学時代から男性に人気のあるゆきが鼻につく存在だった。
内心、疎ましく思っていた。
あの頃のゆきは無敵だった。
それが癪に触った。
反吐が出そうだった。
同じゼミの男子の話はいつもゆきの話題。
「いつ見ても綺麗だよなー」
「笑った時の表情が可愛いよな」
「それそれ!あんなに可愛いのに気取りがなくて大っきく口開いて笑うのがマジで最高」
「自然体って言うの?私可愛いでしょう、、みたいな勘違いしている女と違って、どう見られても気にしませんよみたいな、誰の目も意識してないところが良いんだよなー」
「あんだけ可愛くて裏表が無さそうな山野さんなら恋人いるんだろうな。彼氏が羨ましいぜ」
口々にゆきを褒める。
静香はそれが気に入らないのだ。
笑顔を保ちながら、内心で舌打ちしていた。
「ゆき?あいつなんて貧乏臭いだけじゃん。」
「よく見なよ、私の方が可愛いでしょ。家柄だって良い。」
表面上は仲良くしていた。
でも心の底では、ずっと見下していた。
あんな、貧乏くさい子に負けるはずがない─
「ゆきムカつく」
「ゆきさえ居なければ、アタシが噂の的だったはず。」
ゆきの心をズタズタに切り裂いてやりたい。
私の方が、可愛い。
私の方が、裕福。
私の方が……愛されるべきなのよ。
そもそも静香は村瀬など1ミリも興味の無い男であった。
けれどゆきの“特別な笑顔”を誰かに見せていると言う現実が、ゆきの幸せそうな姿がただ許せなかった。
だから、手に入れた。
村瀬を。
私は勝った。
ゆきより、上に立った。
ゆきより、先に結婚をし
ゆきより、良い家に住み、良い物を持ち
なにより、ゆきが望んでいた苗字を手に入れた。
愛は要らない。
情なんて、とうに信じていない。
「勝った」という実感こそが、私にとって最高のシャンパンだ。
村瀬は常に帰宅時間が遅く
静香はお金と時間を持て余していた。
愛人を作り擬似家族ごっこ、擬似夫婦ごっこを楽しんでいた。
心をズタズタにし派遣で細々暮らすゆきのことなど、もはや静香が意識する対象ではなくなっていた。
私は勝ったのよ。
グロスを塗り直しながら、静香は思った。
(ねえゆき、今どんな顔してる?)
コーヒーの苦味が、なぜか今日は少し甘かった。




