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煙の行方  作者: てんてん
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第三章「真っ黒な誠実」

大内の自死直後は沈んだ空気の経理部だったが今は悲しむ人は居ない。

各々、目の前に課せられた業務をこなす事に精一杯だ。


ゆきは自席からその様子を黙って見ていた。

大内は目立たず地味な存在だったかもしれないが、話しかけると必ず軽く笑みを浮かべてくれる人だった。

誰に対しても同じ態度と口調で接してくれていた。

分からないことを尋ねると、大内は小さく頷き、ほんの一瞬だけ笑みを浮かべた。

笑ったというより、ほころんだ。そんな表情をする人だった。


金曜日の昼休み。

地下の喫煙所でゆきは煙草に火をつけた。

白い煙がゆっくりと立ちのぼり、蛍光灯の光に溶けていく。


ゆきのスマホには、スクリーンショットが残されていた。

経理システムのログ画面。

申請者ID「OUTSN」


(どうして?何故、大内さんが……ほんとに?)


大内は不器用だった。慎重で、ルールにうるさかった。

多少の計算ミスなどをする事も有ったが仕事で手順を飛ばしたりしない。

慣れて来て飛ばす人もいる中で実直に作業手順を遵守する人だった。


…ありえない。いや、ありえないと信じたい。


派遣の私でさえ大内のIDを知っているのだから。


あの日の光景がふと蘇る。

大内が応接室から退室したあと、ゆきは村瀬とたまたま廊下ですれ違った。

軽く会釈した。


ゆきに「休ませるよ、少し。」


何故、私に言ってくるの?



随分前の話になる。

ゆきは大学時代の親友、静香と北関東の温泉旅館を訪れていた。

到着後、山道で突如の土砂崩れに巻き込まれ、路線バスが立ち往生。


冷たい雨と不安の中、声をかけてきた男性がいた。

村瀬俊郎だ。

そのとき偶然近くの宿にいた会社員だった。

宿にたどり着いた後、足留めを余儀なくされた他の観光客がロビーに何名かいた。

旅館側から毛布と温かい缶コーヒーやおにぎりが配られた。

携帯の電波もつながらない山の中。

毛布に包まりながら窓に叩きつける雨音と時折鳴る雷に耳を塞ぎ夜を過ごした。


そんな非日常の時間は、3人の間に奇妙な仲間意識が芽生えた。



帰京後、偶然、街中で再会した。

互いに思わず笑ってしまい、「今度、3人でご飯でも行こう」という流れになった。


以来、ゆき・静香・村瀬は定期的に集まるようになった。

食事や飲み会。3人で笑い合い、近況を語り合う。



また並行して、ゆきと村瀬は2人だけでも会うようになった。


ほどなくして静香も村瀬と2人だけで会うようになっていた。


しばらく経った頃

静香に恋人が出来たと嬉しそうに教えてくれた。

実は私も。と、ゆきにも恋人が出来た事を告げた。


2人きりで会うときの村瀬は穏やかで

よく笑った。

手を繋いだ夜。

沈黙を共有した帰り道。

身体を重ねた夜も

2人の時間が幸せだった。


ゆきは笑顔の奥でふと思っていた。

(この人と私はきっと…結婚する)



それは漠然としたもので現実にはならなかった。



村瀬は会社で徐々に責任のある立場を任されるようになり忙しそうだった。

1人で過ごす週末に慣れつつあった。

そんなある日、村瀬から電話があった。


「静香と結婚することになった」

村瀬は言葉を選ぶように言った。

「……君とは、その……何と言うか……ごめん。それしか言いようがなくて」


え?今までの私たちはなんだったの....

交際を申し込んで来たのは村瀬の方だ。


祝福の言葉を絞り出し、電話を切ったあと、ゆきは声を出さずに泣いた。

一晩中泣いた。

電話一本で終わらせられた可哀想な自分の為に。



静香の父親が会社を経営している裕福な家庭のひとり娘だった。

村瀬はその環境を選んだのだろう。

ゆきの生家は母ひとり子ひとりだ。

財産と呼べる物は何一つ無い。

愛されたからではなく、将来を見据えたのだろう。

いや、初めから村瀬は私達を損得勘定でしか見ていなかったのだ。

ゆきはそのことを言い出せなかった。

そんな事を話すこと自体が意味を失っていた。


自然と静香と会う事が減って行った。

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