第十一章 盲目な地雷
篠田の携帯に村瀬から飲みの誘いのLINEが来た。
「村瀬さん、お疲れ様です。本来なら喜んで馳せ参じるところですが、昨夜、下の子が発熱し緊急搬送後入院しまして。そして今朝方、上の子も発熱し2人とも入院すると言う。妻が昨夜から付きっきりで休めていないので今夜は私が付き添う事になったのです。折角のお誘いですが申し訳ございません。いつか穴埋めさせてください」
篠田も疲れ切って居たが取引先で且つ同郷の先輩へ粗相の無い返信をするのに頭をフル回転させた。
「それは大変だな。お子さんもお前達夫婦も元気になるんだぞ。また誘うよ。お大事にな」
返信した後直ぐに村瀬の携帯が鳴った。
同期の高橋だ。
「よう、高橋。体調はどうだ?」
「まあ、ボチボチと言ったところだ」
「復職の目処は立ちそうか?」
「ああ、来月辺りから時短で戻ろうか考えている。そこで人事部のお前に頼みたい事がある」
「言ってみろ、俺に出来ることなら手伝うぞ」
「助かる。復職する部署だが色々と融通のきく部署に配置してほしくてな」
「なるほど、任せろ。……ちょうど今、経理で書類の処理が滞ってる。手伝ってくれれば助かる。」
「リハビリに丁度いい。」
「わかった。復職する日にちが決まったら早めに連絡してくれ」
電話を切った後、村瀬は思った。
会社の機動力とも言える営業一課の最前線を走っていた高橋が体調を崩し休職を余儀なくされた際の会社の対応に一縷の腹立たしさを感じていた。
高橋は無駄口を叩かない真っ当な仕事人。
最前線の高橋をこのまま放るのは惜しい。村瀬は、人事の手腕を見せるつもりだった。
その日の夜、また高橋から電話があった。
「復職日、決まったのか?」
「いいや。村瀬、これから言う事を寝言だと思って聞いてくれて」
「なんだ」
「俺は自分で言うのも何だが、入社してから20年以上も仕えて来た。業績が良くなるように必死で走って来た。それが、この入院で痛感した。見舞いに来てくれとは言わないし思ってもいない。が、しかしだ。一度しか来ず在籍はしてるものの給料は振り込まれる温情もない。会社を大きくした自負を持っている自分としては何のために走り続けていたのか情けなくなった。」
「俺は、腹立たしさと情けなさから変な妄想をするようになった。会社に復讐をする事だ。ちょうど経理部で復職だ。俺が稼いだ契約に見合う金額を流してやりたい。俺を不当に扱った罰を与えたいんだ」
「どうしたいんだ」
「契約書なんぞ、簡単に作成出来る。」
「もし、名義だけの会社があったとして。そこに仕事が回ってるように見せかけてさ」
「会社の金が、ちょっとずつ流れてたとしても、誰も気づかないと思わないか?」
「横領だぞ高橋。やめとけ」
「これは俺の寝言だ」
数日後、村瀬の携帯に篠田から一本のLINEが入った。
「先日、無事に息子2人が退院しました。またも騒がしい日々が始まりました。先だってはご心配いただき有難うございました」
既読を付けただけで返事は返さなかった。
更に数日後
村瀬、高橋、篠田の3人で飲んだ。
「篠田君、紹介するよ。同期の高橋だ。」
「初めまして篠田です。」
篠田は立ち上がり名刺を高橋に渡した。
「高橋、こちらは同郷の後輩の篠田君だ。派遣会社の営業をしていて優秀なスタッフを数人、社へ派遣してくれている」
「今の職に就く前は、大手IT企業でシステムの構築や改修を手がけていて、ITにも明るいんだ」
しばらく他愛の無い会話で酒が進み酔いが回り始めた頃、村瀬が篠田へ高橋の計画を
自分の計画のように話し、誘った。
「村瀬さん......それは......自分は家族を持つ身で......その......」
「そうか」
「申し訳ございません。僕には......」
「ただ、酔った勢いで言った、ただの寝言だ。忘れてくれ」
気まずい空気が流れ、お開きとなる。
篠田が家へ帰ると妻から病院からの請求書を渡された。
高額医療の申請と子供保険の申請をしているが、それが下りる前に病院へ期日までに立替えなければならない。
住宅ローンに学資保険、今回は病院への交通費やコインランドリー代など細かな物まで数えると随分な出費になった。
翌日、昼休み
篠田は実家へ電話をした
高齢の両親は年金で細々と暮らしている。
何十万の余財はない。
消費者金融から借りるしか無いか......
篠田は頼り先が無く途方に暮れるしかなかった。
どうにもならないのか。
ふと、昨夜の村瀬の話が思い起こされた。
悩み葛藤し結局は現金欲しさに負けた。
「村瀬さん、お疲れ様です。昨日の話は未だ有効ですか?」




