第9話:暴走の理由
黒熊が地面を抉る。
咆哮が空気を震わせる。
さっきの騎士団の威圧とは違う。
理屈の通じない“壊すための力”。
「先生」
「討つ。だが急ぐな」
シオンの声は落ち着いている。
「暴走体だ。中枢を断て」
「はい、先生!」
カイルが踏み出す。
速い。
だが一直線ではない。
横へ回り込む。
黒熊が腕を振り下ろす。
地面が砕ける。
俺は盾で受ける。
重い。
だが押し返せる。
「力任せだ!」
「理性が薄いな」
シオンが低く言う。
「魔の干渉を受けている」
黒熊の体表を赤い亀裂が走る。
鼓動のように明滅。
カイルが目を細める。
「胸……」
「そこだ」
シオンが即座に判断。
「核がある」
黒熊が突進。
村の家屋へ向かう。
「させるか!」
俺が割って入る。
盾を叩きつける。
衝撃が腕に響く。
骨が軋む。
だが退かねぇ。
カイルが跳ぶ。
剣が赤い亀裂を斬る。
硬い。
「浅い!」
「力を込めるな」
シオンの声。
「流れに乗せよ!」
カイルが息を整える。
振り直す。
今度は押さない。
滑らせる。
刃が亀裂を走る。
黒熊が絶叫。
赤い光が弾ける。
だが、消えない。
「核が安定している……?」
シオンが眉を寄せる。
「自然発生ではない」
俺も感じる。
さっきの森の気配。
誰かが“触った”。
「先生!」
黒熊が再び暴れる。
今度はカイルを狙う。
速い。
間に合わねぇ。
俺は踏み込む。
盾を構える。
衝撃。
視界が揺れる。
「ダグラスさん!」
「気にすんな!」
俺は踏ん張る。
「選べ、カイル!」
怒るな。
焦るな。
今、何を守る。
カイルの瞳が静まる。
黒熊の動き。
呼吸。
鼓動。
見える。
「……今だ」
地面を蹴る。
低く滑り込む。
刃が赤い核を正確に貫いた。
光が弾ける。
黒熊が崩れ落ちる。
沈黙。
村に静寂が戻る。
カイルが膝をつく。
「はぁ……」
「立て」
シオンが言う。
「終わったかどうか、確認するまでが戦いだ」
「はい、先生」
まだ震えている。
だが怒りはない。
恐怖を制御している。
俺は盾を下ろす。
紋章は光らない。
ただの鉄の盾だ。
それでいい。
黒熊の体から、黒い霧がわずかに漂う。
森の方へ流れていく。
「追うか」
俺が言う。
シオンは首を振る。
「今は村の安全が先だ」
合理的だ。
カイルが黒霧を見る。
「誰かが……やってる」
「ああ」
俺も同意する。
偶然じゃない。
聖堂騎士団の粛清。
その直後の暴走体。
仕組まれてる。
カイルが立ち上がる。
「先生」
「何だ」
「正義を名乗る人たちも、利用されてる可能性があります」
いい。
視野が広がってる。
「視点は悪くない」
シオンが頷く。
「だが決めつけるな。証を集めよ」
「はい、先生」
俺は空を見上げる。
面倒事は増えた。
だが。
これは“世直し”らしくなってきたな。
力だけじゃ足りねぇ。
疑い、考え、選ぶ。
カイルは少しずつだが、勇者に近づいている。
その夜。
森の奥。
黒衣の男が霧を受け取る。
「ほう」
唇が歪む。
「選ぶ勇者、か」
指先で霧を握り潰す。
「では次は、選べぬ状況を用意しよう」
闇が静かに揺れた。
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