第8話:影は、祈りを嗤う
聖堂騎士団が去ったあと。
村には安堵の空気が広がっていた。
だが。
森の奥。
焦げた木々の間に、まだ一人残っている。
黒衣の男。
聖印を持たぬ者。
「……使えぬ」
低い声が落ちる。
男の足元には、淡く黒い霧。
「勇者か。面白い」
指先で霧をすくい上げる。
森の奥に、微かな魔の残滓が揺れる。
「浄化だの、正義だの……」
男は笑う。
「人はその言葉で簡単に燃える」
村を見下ろす。
「だが本物の炎は、疑念から生まれる」
黒霧が消える。
「揺さぶれ。勇者を」
誰に向けた言葉かは分からない。
だが。
森の奥で何かが目を開けた。
赤い光。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
⸻
その頃。
村では宴が始まっていた。
焼け残った酒を持ち寄り、粗末な料理を並べる。
「ありがとう、勇者様!」
子供がカイルに抱きつく。
「ありがとう…」
カイルは苦笑する。
「でもまだ、途中だから」
「立派だった」
シオンが言う。
「選んだな」
「はい、先生」
だが、その顔には疲労が残る。
強がりだ。
俺は酒をあおる。
「今日は休め」
「でも、見張りを」
「俺がやる」
「ダグラスさん」
「面倒事に巻き込まれちまったからな」
カイルが小さく笑う。
その時だった。
森の奥から。
かすかな唸り声。
低い。
湿った。
獣ではない。
魔物だ。
俺は立ち上がる。
「……来るぞ」
シオンの目が細くなる。
「妙だな。先ほどまでは静かだった」
カイルが剣に手をかける。
「先生」
「落ち着け」
だが次の瞬間。
森の木々をなぎ倒して現れた。
黒く染まった熊型の魔物。
体中に赤い亀裂。
目が濁っている。
「魔の暴走体か」
シオンが低く言う。
「さっきの騎士団が言っていた“浄化”の影響か……?」
カイルの顔が変わる。
「……違う」
「何がだ」
「これは」
盾が、微かに震える。
俺の手の中で。
緑の紋が、ほんの一瞬だけ脈打つ。
カイルの目が揺れる。
「兄さんが……嫌がってる」
何を感じている。
俺には分からねぇ。
だが、分かることが一つある。
これは偶然じゃない。
「先生」
「討つ」
短い言葉。
「だが慎重に」
黒熊が咆哮する。
村人が悲鳴を上げる。
宴は一瞬で消えた。
正義を名乗る者が去り。
代わりに現れたのは。
理屈の通じない暴力。
俺は盾を構える。
「守るぞ」
「はい、先生!」
カイルが踏み出す。
だが。
森の奥。
誰も見ていない場所で。
黒衣の男が、笑っていた。
「いい」
「揺れろ、勇者」
赤い瞳がまたひとつ、闇の中で開く。
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