第3話:喝采の音
街門が見えた瞬間、カイルの肩がわずかに落ちた。
張り詰めていた糸が、やっと緩んだのだろう。
「任務は果たしたな」
シオンが言う。
「はい、先生」
その声は落ち着いている。
だが、巣で見た骨はまだあいつの中に残っている。
門兵が駆け寄る。
「どうだった!? 巣は!」
「飛龍は全て討ちました」
カイルが答える。
門兵の顔が明るくなる。
「よくやった! これで子供たちも安心だ!」
――子供。
ほんの一瞬、カイルの視線が揺れた。
俺は見逃さない。
街に入ると歓声が上がる。
「勇者様だ!」
「若いのに立派だ!」
「ありがとう!」
カイルは戸惑いながらも頭を下げる。
その姿は確かに勇者だ。
だが、まだ少年だ。
「喝采は甘美なものだ」
シオンが静かに言う。
「酔えば、足元をすくわれる。肝に銘じよ」
「……はい、先生」
あいつは素直だ。
だが素直すぎる。
人の期待も、悲しみも、全部背負おうとする。
酒場で依頼主が深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。報酬はこちらです」
金袋が置かれる。
カイルはそれを見ずに言った。
「孤児院へ回してください」
依頼主が目を見開く。
「なんと……!」
違う。
それは高潔じゃない。
償いだ。
守れなかった命への。
シオンがカイルを見る。
「なぜそうする」
「僕が守れなかった子が、あそこにいたかもしれません」
静かな声だ。
震えてはいない。
だが、奥が冷えている。
「……なるほど」
シオンは否定しない。
「己の未熟を知ることは良い。だが、償いで戦うな」
カイルが顔を上げる。
「償いは己を縛る鎖となる。そなたは鎖を振るうために剣を持つのではあるまい」
「……では、どうすれば」
「守ると決めよ」
迷いなく言う。
「過去ではなく、目の前を。悔いではなく、意志で」
厳しい。
だが突き放さない。
カイルはゆっくり頷いた。
「はい、先生」
その声は、さっきより少しだけ強い。
酒場を出る。
夕暮れが街を赤く染めていた。
カイルが俺の横に来る。
「ダグラスさん」
「なんだ」
「僕は……ちゃんと勇者になれていますか」
来たな。
俺は少しだけ考える。
「強いのは確かだ」
「……はい」
「だがな」
俺はあいつの頭を軽く叩いた。
「強いだけじゃ、人は救えねぇ」
カイルが目を瞬かせる。
「先生にも、同じことを言われました」
「だろうな」
シオンがこちらを見る。
「ダグラス殿」
「なんだ」
「そなたは守る者だな」
「まあな」
「ならば頼む。あの少年が己を見失う時、止めてやれ」
その声は命令ではない。
託す声だ。
俺は鼻で笑う。
「面倒事に巻き込まれちまったみたいだ」
カイルが首を傾げる。
「え?」
「気にすんな」
だが、俺は決めている。
あいつが迷った時、立ち止まる場所になる。
先生は導く。
俺は支える。
そして――
カイルは、まだ知らない。
喝采はいつか刃になる。
その時、折れないように。
俺は盾を背負っている。
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