第12話:「白壁の内側」
王都は静かだ。
だが静けさってのは、大体ろくな前触れじゃない。
俺は呼び出されていた。
名目は――勇者監督者としての状況報告。
笑わせる。
状況なんざ外周区を歩けば分かる。
だが連中は、白壁の中でしか物を見ない。
⸻
会議室は無駄に広い。
円卓。
聖印の旗。
磨かれた床。
整った椅子。
整った顔。
整いすぎていて、息が詰まる。
カイルは俺の後ろで腕を組んでいる。
まだ若い。
だがもう、“何も知らない顔”じゃない。
レオンは壁際。
静かに立つ。
包帯は新しいが、白が薄く滲んでいる。
止まっていない。
それでも立っている。
あいつはそういう男だ。
自覚して無茶をする。
……気に食わねぇ。
⸻
「外周区での無許可治療について」
声が落ちる。
冷たい。
俺は椅子に深く座る。
「無許可じゃない。止められてないだけだ」
小さなざわめき。
言葉遊びだ。
だが嘘じゃない。
「規定回数外の治療が確認されています」
「確認できるってことは、記録してるんだろ」
沈黙。
そうだ。
記録はする。
だが“扱わない”。
白壁の内側では、触れないことにできる。
⸻
「副作用の報告もある」
年嵩の神官。
声は穏やかだ。
「成功率を下げる誇張では?」
誇張。
あの少年を見て、それを言うか。
俺は肩を鳴らす。
「成功率ってのはな」
視線が集まる。
「数え方で、いくらでも上がる」
空気が止まる。
怒鳴らない。
淡々と。
その方が刺さる。
「壊れた後を、別枠にすればいい」
誰も反論しない。
できない。
白壁は、汚れを内側に塗り込める。
見えなくする。
それが強さだ。
⸻
「勇者はどう考えている」
矛先がカイルへ向く。
一瞬、あいつは俺を見る。
助けを求めてるわけじゃない。
確認だ。
俺は小さく頷く。
立て。
カイルが前に出る。
拳は握られている。
だが声は怒鳴らない。
「俺は……守るために剣を持ってる」
ざわめき。
「守るってのは、命だけじゃない」
視線がレオンに流れる。
「壊れたまま、成功って言うのは違う」
未熟だ。
だが逃げない。
その未熟さが、逆に重い。
部屋の何人かが目を逸らす。
若さは、時に刃だ。
⸻
「感情論だ」
小さく誰かが言う。
そうだ。
制度は感情で動かない。
だが――
扉が開く。
足音は静か。
空気が変わる。
フィリアだ。
白衣。
整った姿勢。
だが目は冷たい。
「感情は、無視できません」
一言で、場の軸が動く。
誰も遮らない。
「外周区から王都へ入る者が増えています」
巡礼。
あの母の背中が浮かぶ。
「信徒の間で、質問が出始めています」
“質問”。
その言葉に、数人の神官が僅かに動く。
疑念は、秩序を蝕む。
「記録に残らない事例が、噂として拡散しています」
彼女は誰も責めない。
ただ事実を並べる。
それが一番、効く。
「このまま放置すれば」
一拍。
「制度の信頼が先に壊れます」
室内が冷える。
これは理想論じゃない。
統治の話だ。
⸻
俺は思う。
白壁は強い。
外からの泥は弾く。
だが内側から滲む水には弱い。
外周区の現実。
副作用の少年。
巡礼の母。
勇者の言葉。
全部、内側に入った。
もう“外の話”じゃない。
⸻
会議は荒れる。
責任の所在。
再審の可否。
信仰の純度。
聞き飽きた単語が飛ぶ。
だが違う。
今日の空気は、以前と違う。
否定だけでは押し返せない。
それを全員が感じている。
亀裂は入った。
目に見えないが、確実だ。
⸻
俺は立ち上がる。
「まだ増えるぞ」
誰に向けたわけでもない。
だが全員に聞こえるように言う。
「声は止まらない」
止められると思っているなら、甘い。
もう止まらない。
⸻
外へ出る。
廊下は静かだ。
カイルが並ぶ。
「俺、間違ってないよな」
まだ確認する。
若い。
「間違ってたら、俺が止める」
それが俺の役目だ。
あいつは少し笑う。
ほんの少し。
⸻
レオンは壁にもたれている。
顔色が悪い。
限界は近い。
だが目は死んでいない。
「動いたな」
小さく言う。
「ああ」
俺は窓の外を見る。
白い王都。
曇天。
雲は厚い。
白壁の内側で、何かが軋んでいる。
嵐はまだだ。
だが、近い。
確実に。
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