第8話:「白衣の会議」
王都大聖堂・内議室。
天井は高く、壁は白い。
窓から差す光は柔らかい。
だが空気は冷たい。
円卓を囲む白衣の司祭たち。
最奥に座るのは、枢機卿ヴァルツ。
穏やかな目。
整った所作。
声は低く、澄んでいる。
「再審は承認されました」
誰も喜ばない。
一人が言う。
「異例です」
別の司祭が続ける。
「前例を作れば、秩序は揺らぎます」
「勇者の介入を許した形になりますな」
言葉は丁寧だ。
だが底にあるのは焦燥。
制度が傷つくことへの恐れ。
⸻
ヴァルツは指先で卓を軽く叩く。
音は小さい。
だが室内を制すには十分だ。
「揺らぎは管理できます」
穏やかに。
「問題は、揺らぎを否定しきれないことです」
視線が一人に向く。
窓際の若い司祭。
フィリア。
彼女だけが、伏せない。
「あなたはどう見ますか」
急に振られる。
視線が集まる。
フィリアは一拍置いて答える。
「証言は具体的でした」
沈黙。
「少女の刻印痕と治療記録。
照合には再検証の余地があります」
年長の司祭が眉をひそめる。
「制度に瑕疵はない」
「制度は完全であるべきです」
フィリアは静かに言う。
「ですが運用は人が行います」
声は穏やか。
挑発はない。
だが退かない。
⸻
ヴァルツは微笑む。
「誤りを認めることは、信徒の不安を招きます」
「誤りを放置することは、信頼を失います」
一瞬。
空気が止まる。
若い。
だが理は通っている。
ヴァルツはゆっくり頷く。
「再審は行われます」
それは既定路線だ。
「だが秩序の動揺は最小限に」
勇者の名は出さない。
だが含意は明確。
会議はそれ以上深まらない。
議論ではなく、
調整の場だからだ。
⸻
散会。
白衣の群れが去る。
残るのはフィリアとヴァルツ。
「優秀です」
ヴァルツが言う。
「そして誠実だ」
褒め言葉だ。
だが続きがある。
「だが誠実さは、時に刃になります」
フィリアは視線を逸らさない。
「刃は使い方次第です」
わずかな沈黙。
ヴァルツの瞳が、ほんの僅かに細まる。
「聖教国は長く続いてきました」
静かに。
「続くということは、多くを飲み込んできたということです」
警告ではない。
忠告だ。
「焦らずに」
そう言って去る。
ヴァルツは制度を守っている。
それだけだ。
⸻
王都下層区。
少女の家。
扉の前に小石が置かれている。
紙が一枚。
“波を立てるな”
直接的ではない。
だが十分だ。
母は紙を握る。
父は外を見たまま動かない。
隣家の窓が閉まる音。
視線はある。
声はない。
それが圧だ。
少女が小さく言う。
「わたし、間違ってないよね」
母は抱きしめる。
だが答えは出ない。
正しさと安全は、
いつも同じ方向を向くわけではない。
⸻
夜。
大聖堂書庫。
フィリアは一人。
古い刻印理論書を開く。
頁の端に消えかけた古注。
――刻印は導きの象徴にして、従属の証にあらず。
現行教義とは微妙に異なる。
断定ではない。
だが含みがある。
誰かが、かつて違う解釈をしていた。
フィリアは頁を閉じる。
書き写さない。
まだだ。
疑問は胸に留める。
外に出せば、波になる。
波は、管理される。
⸻
鐘が鳴る。
王都は眠る。
勇者は外周へ。
治癒士は中央を追われた。
中枢は動いていないように見える。
だが内部に、小さな歪みがある。
火はまだない。
だが灰は積もる。
そして灰は、
時に重さで崩れる。
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