第6話:「正義の座」
中央大聖堂は、光で出来ている。
天井は高く、柱は細く長い。
色硝子から差す朝光が床に聖人を描く。
美しい。
だが冷たい。
石は温度を持たない。
その中央。
円形の壇。
白衣の司祭団が半円に座す。
最奥の高座。
そこが、この国の“正義”だ。
⸻
レオンは中央に立つ。
拘束はない。
だが囲まれている。
逃げ場はない。
観衆席は満ちている。
民。
貴族。
聖騎士。
そして――俺たち。
「被告、治癒士レオン」
姓はまだ呼ばれない。
澄んだ声が響く。
「教義解釈の逸脱、
並びに刻印運用への不適切発言の疑い」
言葉は柔らかい。
だが意味は重い。
逸脱。
それだけで十分だ。
⸻
「弁明は」
静寂。
レオンは一度、観衆を見渡す。
探している。
逃げ道ではない。
確認だ。
カイルと目が合う。
揺れない視線。
「……俺は治癒士だ」
低く、通る声。
「目の前の痛みを治した」
ざわめき。
「それが教義に反するなら、
俺の解釈が未熟なのだろう」
否定しない。
反抗もしない。
だが引かない。
「だが痛みは、待たない」
空気が、わずかに張る。
⸻
司祭の一人が立つ。
「刻印は秩序のためにある」
「秩序なき治癒は混乱を招く」
理は整っている。
反論は容易ではない。
⸻
「証言を」
騎士が進み出る。
「被告は、許可なき治癒を複数回実施」
「さらに、刻印の効力に疑義を示す発言を確認」
直接的な証拠は出ない。
だが積み重ねられる“疑念”。
それで十分。
⸻
カイルが立ち上がる。
「待て!」
場が波打つ。
「俺は勇者だ!」
ざわめき。
勇者の名は重い。
だが、この場では装飾だ。
「この人は人を救ってた!」
声が震える。
怒りと焦り。
「救ったことが罪なら――」
詰まる。
理がない。
あるのは正義感だけ。
高座から声が落ちる。
「勇者よ」
冷たい。
「正義は感情で測るものではない」
刃のような言葉。
カイルの喉が鳴る。
言い返せない。
初めて触れる、
理の壁。
⸻
そのとき。
小さな声。
「……ちがう」
観衆席の端。
少女が立つ。
震えている。
「レオン先生は……わたしを助けてくれた」
母が制止する。
だが少女は続ける。
「こわくて……
でも先生は、いたくても、
わたしを先に治した」
静寂。
完璧な空気に、わずかな歪み。
司祭団が視線を交わす。
“想定外”。
ほんのわずか。
だが確実に。
⸻
レオンの瞳が揺れる。
一瞬だけ。
消えかけた灯が、かすかに揺れる。
⸻
審問長が立つ。
沈黙。
長い。
計算している。
民意。
勇者。
波紋。
すべてを。
「……本件」
間。
「追加調査を要す」
ざわめき。
「判決は保留。
再審とする」
勝利ではない。
猶予だ。
⸻
レオンの膝がわずかに揺れる。
崩れはしない。
だが分かる。
消耗している。
カイルは息を吐く。
震えている。
だが目は逸らさない。
今日、勇者は知った。
正義は、高い場所にある。
だが完全ではない。
ほんの針の穴ほどなら、
揺らせる。
俺は思う。
今は勝てない。
だが流れは変わった。
一滴。
たった一滴。
それでも、石を削るには十分だ。
そして正義の座もまた、
揺れを知った。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




