第1話:「白は、すべてを覆う」
聖教国の門は、白かった。
ただの白じゃない。
傷がない。煤もない。風雨に削られた跡もない。
まるで、時間を拒絶しているような白だ。
「……すげぇな」
カイルが呟く。
目はまっすぐだ。
綺麗なものを綺麗だと言える目。
まだ、裏を知らない。
俺は腕を組む。
「綺麗すぎる場所は、だいたい裏がある」
「またそれかよ」
笑う。
悪気はない。
だからこそ、怖い。
横で鎧が小さく鳴る。
「白は清浄の象徴」
静かな声。
「己らが正しき者であると、色で示しておる」
シオンだ。
背筋は伸び、視線は揺れない。
騎士の立ち姿。
「先生は嫌いなのか?」
「嫌う好むではない」
一拍。
「某は、強すぎる秩序を警戒しておる」
「強すぎる?」
「締めつけすぎた弦は、いずれ切れる」
カイルは首を傾げる。
意味はまだ分からない。
だが、言葉は残る。
⸻
門をくぐる。
空気が変わる。
静かだ。
怒鳴り声がない。
笑い声が弾けない。
子供が走らない。
露店は同じ幅。
看板は同じ白地に金縁。
建物は左右対称。
道の中央を外れて歩く者はいない。
「……息、詰まるな」
俺が言う。
その時、鐘が鳴った。
重く、長く。
一瞬で、街が止まる。
全員が膝をつく。
商人も、老人も、子供も。
迷いがない。
反射のように。
カイルが慌てて跪く。
「先生っ」
横を見る。
シオンは立ったままだ。
堂々と。
視線が集まる。
白い視線。
「先生、いいのかよ」
「信仰は胸に宿すもの」
静かに言う。
「強いられて示すものではあるまい」
ざわめきは起きない。
誰も声を上げない。
ただ、見る。
鐘が止む。
街が、何事もなかったように動き出す。
さっきまで膝をついていたのが嘘みたいに。
規律。
完璧な統制。
息苦しいほどの整然。
⸻
通りの奥。
治癒院の前に列ができている。
幼い少女が前へ出される。
白衣の者が水を脛にかける。
一瞬、黒い紋様が浮かぶ。
すぐ消える。
母親の手が、少女の肩を強く掴む。
「静かに」
少女は泣きかけて、止める。
誰も騒がない。
誰も問いかけない。
列は崩れない。
カイルが小さく言う。
「今の、なんだ?」
俺は首を振る。
「知らん」
だが、嫌な感じはする。
あれは祝福じゃない。
選別だ。
だがこの国では、それが当たり前の顔をしている。
⸻
さらに奥。
黒衣に囲まれた青年が立っている。
足元に血が落ちる。
だが周囲は無言だ。
見ない。
聞かない。
関わらない。
カイルが一歩出る。
「待て」
止めたのはシオン。
「ここで動けば、あの者はより深く沈む」
「でも――」
「正しさは、場所を誤れば刃となる」
カイルの拳が震える。
怒りだ。
だが、振るえない。
振れば壊れる。
まだ、壊してはいけない。
街は白い。
整っている。
美しい。
だがどこか、息ができない。
俺は思う。
ここは、選ばせる国じゃない。
選ばれる国だ。
勇者はまだ知らない。
この白が、どれほど重いかを。
鐘が、もう一度鳴った。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




