第10話:分かたれた道
夜は、まだ浅い。
だが森は重い。
血の匂いと、焦げた土の匂いが混ざっている。
「子供がいない!」
村人の叫びが響く。
「森に入ったまま戻らないんだ!」
同時に。
街道側から爆音。
聖堂騎士団の号令。
魔物の咆哮。
三方向。
時間がない。
カイルが周囲を見る。
「先生」
「状況は最悪だな」
シオンは冷静だ。
だが視線は鋭い。
「森奥に強い魔力の集束。暴走体の本体だ」
「街道側は?」
「騎士団が押されている」
俺は舌打ちする。
「分かれてる暇はねぇ」
だが。
カイルが一歩出た。
「分かれましょう」
沈黙。
俺はあいつを見る。
「正気か」
「全部守ります」
迷いはない。
だが強がりでもない。
「僕が中枢を断ちます」
森奥を見据える。
「先生は騎士団を。ダグラスさんは子供を」
合理的だ。
だが無茶だ。
「一人で行く気か」
「はい」
俺は黙る。
止めるか?
簡単だ。
肩を掴んで言えばいい。
“まだ早い”と。
だが。
こいつは選んだ。
怒りじゃない。
焦りでもない。
“責任”で。
「……戻ってこいよ」
それだけ言う。
カイルの目が揺れる。
「はい」
強く頷く。
「必ず」
「某は街道へ向かう」
シオンが言う。
「騎士団を死なせぬ。思想の決着はその後だ」
「先生」
「迷うな。選んだのなら進め」
カイルが森へ走る。
俺は逆方向へ。
「死ぬなよ」
背中に投げる。
返事はない。
だが足音は力強い。
⸻
■ 森奥
闇の中。
巨大な魔物の核が脈打っている。
赤黒い塊。
その前に、黒衣の男。
「来たか」
カイルが剣を構える。
「あなたがやっているんですね」
「正義は燃えやすい」
男は笑う。
「揺らすだけでいい」
魔力が奔る。
圧が重い。
カイルの膝がわずかに沈む。
怖い。
だが逃げない。
「僕は選びました」
「何をだ」
「守ることを」
踏み込む。
だが黒衣の男は動かない。
代わりに核が暴走。
森が崩れる。
時間がない。
考えろ。
怒るな。
焦るな。
呼吸。
鼓動。
流れ。
剣を構え直す。
「……そこだ」
核の脈動の“隙”。
一瞬。
刃が走る。
赤黒い光が裂ける。
爆ぜる衝撃。
森が揺れる。
カイルは吹き飛ばされる。
地面を転がる。
立て。
立て。
黒衣の男は、初めて目を細めた。
「……ほう」
核が崩れ落ちる。
暴走の気配が消える。
「両方、取るか」
男は笑う。
「面白い」
闇が溶けるように消える。
「次は選ばせてやる」
静寂。
カイルは膝をつく。
震えが止まらない。
だが。
立つ。
「戻らないと」
⸻
■ 村外れ
俺は子供を抱えて森を抜ける。
「怖かったか」
頷く。
「もう大丈夫だ」
遠くで魔力が弾ける。
消えた。
俺は空を見上げる。
「やりやがったな」
⸻
三人は夜明け前に合流する。
傷だらけだ。
だが生きている。
カイルが息を整える。
「両方、守れました」
「完璧ではない」
シオンが言う。
「だが十分だ」
俺は肩を叩く。
「一人でよくやったな」
カイルは笑う。
震えながら。
だが目は前を向いている。
勇者は。
少しだけ。
本物に近づいた。
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