序 天壇
「古来より魔を操れる者は限られた者に過ぎず、その才を持たざる者は寿を縮め、己の心をも御せず――」『伏魔伝』用人より
帝舜は本を閉じた。首都・天京の皇室書庫の最奥である。最近は必死に国を傾ける程度の力がある魔獣の呼び出し方を探していた。
帝舜は拳を握りしめた。先月、天京の路地で死体を三つ見た。骨と皮だけの子供、病で倒れた老人、餓死した女。遠征、遠征、また遠征で皇国は何もしない。民が死んでも、皇族は特に気にしない。
帝舜の胸に、黒い炎が燃えた。この国はもっと富める余地があるのに、建国以来武が重んじられ、周辺諸国への遠征でなんとか民を養っていた。文官の帝舜が重んじられるのも数十代と長く皇国に仕え続けてきた名門だからである。
「帝舜殿は最近よくここに出入りしていますね」
はっとして帝舜は振り返った。皇望だった。武芸に秀でた皇太子で、書庫で顔を合わせたことはなかった。
「皇望殿。珍しいですね。何が御用ですか」
「いえ。帝舜殿がよく書庫に来ていると凱に聞いたので、気になったまでです」
澄んだ、いい目をしていた。若さが随所に見えるが、鷹揚としたものが芯を成している。
「最近、魔獣の出現が多いと聞くので、対処法を練っていました」
「そうですか。では良案をぜひ考えてください。お待ちしております、帝舜殿」
そう言うと皇望は興味を失ったようにさっさと出て行った。ああいう物言いが時々癪に触るが、堪えていた。
算段はすでにあった。この地に皇国という国が生まれる前に出現したという魔獣の王、鳳凰を再び呼び出すのだ。寿命は縮み、心さえ己では制御しきれないと言われていたが、そんなことは関係なかった。遠征が失敗した年には死体が天京でさえ溢れ、飢餓が蔓延る状態なのだ。時の猶予はなかった。
鳳凰を呼び出すと、必ず皇族は封印のために自らの身を犠牲にする。度重なる遠征で皇族は多くを失っており、今は今上帝と皇太子の皇望や皇子の皇凱の三人しかいなかった。皇望は最近妻帯したという話だったが、子ができたという話は聞いていない。
おそらく、鳳凰封印の時は四つの方位を司る龍・四神も呼び出されるはずだった。この世界は龍脈という四神が造り出す動力が気象を決めていた。鳳凰を封印する時、必ず龍脈は「良い」方向に変わる確信があった。史書に草一片も残さずと記された暴れようは、必ず厄災になる。
そこに空隙があると帝舜は考えていた。必ず天京は混乱に陥り、皇望などではすぐ出て行って封印しそうであるが、それでも守備軍は治安維持に回るはずだった。今上帝はすでに老齢で、皇子の皇凱は学者肌の青年だったので危険は考えられなかった。
考え事をしながら歩いていると、天壇に辿り着いた。帝舜は代々帝が天の祈りを捧げるここを管理している。おそらく、魔への祈りもここですれば天に通じるのだろうと父から教わっていた。「お前はそれを防ぐべきだ」とも。
帝舜は空を見上げた。澄み切っていて、雲一つない。絶好の日だ、と思った。
周りには幸か不幸か、誰もいなかった。
帝舜は跪いた。
呪文を唱え始める。
最初は何も起きないが、やがて風が吹き始めた。
強い風。
帝舜の髪が乱れる。
天壇の石畳が震える。
空が、歪んだ。
青が、赤に変わる。
まるで血が空を覆うように。
帝舜は目を閉じ続けた。
「来た……!」
遠くで、何かが燃える音がする。
叫び声が聞こえるが、帝舜は笑った。
気づくと、視界が全て赤かった。
綺麗な空だ。
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