未完成
未完成の戦う魔法
三ヶ月の期限を越えたあと、佐伯は追われる立場になった。
異端審問所。
魔法国家エル=カナン。
どちらも、彼を生きたまま確保しようとしていた。
「殺すには惜しい」
「だが、自由にしておくには危険すぎる」
逃げ場は、もうなかった。
佐伯は知っていた。
――戦う力が、要る。
だが彼の魔法は、本来戦闘用ではない。
“観測”と“定義”の魔法。
そこで彼は、無理をした。
定義を「行為」に変える
佐伯が試みた魔法は、これまでの世界の常識では成立しない。
火を生むのではない。
雷を落とすのでもない。
「戦っている」という事実そのものを、先に定義する魔法。
「結果ではなく、過程を確定させる」
世界が「まだ起きていない」と判断している出来事を、
起きたこととして先に宣言する。
それは魔法でも、奇跡でもない。
――因果への割り込みだった。
エドガー・クロウリーの言葉が、頭をよぎる。
君は、世界の誤差だ
誤差だからこそ、因果の隙間に指を入れられる。
だが――
その魔法は、未完成だった。
崩れる境界
異端審問官が詠唱を始める。
拘束魔法、即死級。
佐伯は叫んだ。
「俺は――」
「ここで、戦い抜いた存在だ」
瞬間、空間が裂けた。
魔法は発動した。
だが、定義の対象が曖昧すぎた。
“ここ”とはどこか。
“戦い抜く”とは何を指すのか。
世界は、解釈を誤った。
リィネの消失
その場にいたのは、佐伯だけではなかった。
駆けつけたリィネ。
彼を止めようとして――
魔法の中心に、踏み込んでしまった。
「佐伯、やめて!」
彼女の手が、彼に触れた瞬間。
世界の境界が、彼女を“外部要素”と誤認した。
リィネの身体が、光に分解される。
「え……?」
「リィネ!!」
声は届かない。
彼女は消えたのではない。
**“別の世界へ押し出された”**のだ。
佐伯は、その瞬間、理解した。
――これが、俺の魔法の正体だ。
あり得ない魔法
この世界の魔法は、
「世界の中で意味を定義する力」だった。
だが佐伯の魔法は違う。
「世界そのものを、仮の舞台として扱う力」
・世界を跨げる
・因果に介入できる
・存在の所属を書き換える
そんな魔法は、本来あり得ない。
なぜならそれは――
世界の外側に立つ存在の権限だから。
魔法国家が追い始めた理由も、それだった。
「彼は、世界遷移を“魔法として再現した”」
「理論化できれば、国家は世界を越えられる」
彼らは、佐伯を“鍵”として追う。
そして佐伯は、目的を失った。
いや――
目的が、一つに収束した。
追いかけよう
佐伯は、崩れ残った魔法陣の前に立つ。
リィネが消えた方向。
世界と世界の隙間。
未完成の魔法。
制御不能。
成功率は、ほぼゼロ。
だが、彼は迷わなかった。
「俺が飛ばしたなら」
「俺が、追う」
再び詠唱する。
今度は、戦うためじゃない。
「俺は」
「彼女を追った存在だ」
魔法が、応えた。
世界が、捲れる。
■ 第一部・終




