次の世界 ー名前を持つ者たちー
次の世界――「名前を持つ者たち」
目覚めた瞬間、佐伯は違和感に気づいた。
――身体が、安定している。
呼吸が苦しくない。
手足が思った通りに動く。
鏡に映ったのは、人間の青年だった。
だが、服装は奇妙だった。
軍服のようであり、学者のローブのようでもある。
部屋の壁一面には、無数の紋章と数式、そして世界地図――いや、世界図が描かれていた。
「起きたか、“漂流者”」
背後から声がした。
振り返ると、白髪の男が立っていた。年齢は分からない。老人にも青年にも見える。
「……あなたは?」
男は小さく笑った。
「君と同じだよ。どこにも属さない」
佐伯の胸が、ざわついた。
ここは、無数の世界を観測・修正する組織――
便宜上「世界管理局」と呼ばれている場所だった。
「本来、世界は閉じている。生と死で完結する物語だ」
「だが稀に、綻びが生まれる」
白髪の男は、佐伯を指さした。
「それが君だ」
佐伯は初めて、はっきりと言葉にされた事実を聞く。
彼は転生者ではない。
選ばれし者でもない。
死んだ瞬間、意識だけが世界の外へ零れ落ちる異常。
「君が死ぬたび、世界は一行分の誤差を生む」
「それを検知するためのアラートが、あの“声”だ」
佐伯は息を呑んだ。
「あの声は……あなたたち?」
男は首を振った。
「違う。あれは“世界そのもの”だ」
世界は言語を持たない。
だが異常を前にすると、無理やり意味を生成しようとする。
「君はちがうせ……」
本当は、こう言いたかったのだ。
「君はちがう世界に属する存在だ」
だが世界は、最後まで言い切れない。
なぜなら――
「君は、どの世界にも属していないからだ」
管理局は佐伯に選択肢を示した。
一つ。
次の死で、意識を完全に消去する。
世界の誤差は修正され、何も残らない。
もう一つ。
管理局の外へ出て、“自由落下”を続ける。
「その場合、誰にも守られない」
「勇者にも、怪物にも、神にもなれない」
「それでも行くか?」
佐伯は、しばらく黙っていた。
塾講師だった日々。
ゴブリンとしての三ヶ月。
宇宙海賊としての使い捨ての命。
どれも、意味がなかったわけじゃない。
「……行きます」
佐伯は顔を上げた。
「世界に名前を与えられないなら」
「俺が、俺に名前を与えます」
白髪の男は、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。




