第8話
「――古代呪具による、大規模な魔力汚染。それも、生命力を直接吸い上げる、最悪の類だ」
カイの店の地下工房で、彼はセレネ川から汲んできた黒い水を睨みながら、吐き捨てるように言った。
彼の解析によれば、川の源流に、古代文明が遺したとされる呪いの道具が何者かによって仕掛けられたらしい。
「イザベラって嬢ちゃんの魔力は、言ってみりゃガソリンだ。呪いの炎にガソリンぶっかけて、大火事にしたってわけだ。最悪の悪手だな」
「では、どうすれば……」
「この呪いを浄化できるもんがあるとすれば……あんたの魔力だけだ」
カイは、まっすぐに私を見つめた。
「あんたの魔力は、ただデカいだけじゃない。生命そのものを育む、純粋な『生命魔力』だ。枯れた花を咲かせたのがその証拠だ。あんたの力なら、呪いを打ち消し、汚染された大地と水を元に戻せるかもしれん」
彼の言葉に、私は息を呑んだ。
私の力が、この国を救えるかもしれない?
でも……。
「……無理です。今、街の人たちは、私が魔女だと思い込んでいます。私が出ていけば、きっと石を投げられて……」
「そうやって、また黙って全部受け入れるのか?」
カイの厳しい声が、私の胸に突き刺さる。
「いいか、セレスティア。あんたの力は、もうあんた一人のもんじゃない。その力で救える命があるなら、それを使う責任があんたにはある。呪いだって喚いてる連中のためにじゃねえ。助けを求めてる、名も知らねえ誰かのためにだ」
「…………」
「俺が一緒にいてやる。だから、行け。お前が『魔女』なんかじゃないってこと、あんた自身の力で証明してこい」
カイの言葉が、私の最後の恐怖を打ち砕いた。
そうだ。
もう、黙っているのはやめだ。
『氷の人形』の仮面は、もういらない。
私は、カイが私のために徹夜で作ってくれた、白樺の杖を手に、頷いた。
「……行きます」
セレネ川の源流は、王宮の裏手にある禁忌の森の最奥にあった。
私とカイがそこに辿り着くと、すでにエリアス殿下や騎士団、そして宮廷魔術師たちが集まっていた。
彼らは、汚染の中心地である泉の前で、なす術もなく立ち尽くしているだけだった。
「セレスティア!?なぜお前がここに!」
私の姿を認めたエリアス殿下が、憎々しげに叫ぶ。
「やはり貴様の仕業だったか、この魔女め!今すぐ捕らえよ!」
騎士たちが剣を抜き、私を取り囲む。
私は、もう怯えなかった。
一歩前に出て、彼らを、そしてエリアス殿下を、まっすぐに見据えた。
「道を開けてください、エリアス殿下。この呪いは、私が浄化します」
「何を馬鹿なことを!お前のような化け物に何ができる!」
その罵声には、もう耳を貸さない。
私は静かに泉の中心へと歩みを進め、白樺の杖を高く掲げた。
ペンダントのムーンストーンが、私の決意に応えるように、激しい光を放ち始める。
目を閉じて、意識を集中させる。
体中を巡る、温かい魔力の流れを感じる。
それはもう、荒れ狂う奔流ではない。
私が望むままに流れる、穏やかで、力強い大河だ。
(お願い、私の力。この大地を、水を、苦しんでいる人々を、癒してあげて)
目を開いた、その瞬間。
私は、ありったけの魔力を、天へと向かって解き放った。
ゴォォォッという轟音と共に、私の体から、翠と金色が入り混じった、太陽のように眩い光の柱が立ち上る。
それは破壊の奔流ではなかった。
触れた枯れ木に、たちまち新しい芽を吹かせ、乾いた地面に、色とりどりの花を咲かせる、生命の光そのものだった。
光は天にまで昇ると、やがて優しい光の雨となって、王国全土に降り注ぎ始めた。
黒い瘴気は光に触れたそばから霧散し、濁っていた川の水は、みるみるうちに元の清らかな輝きを取り戻していく。
黒い雨に打たれて苦しんでいた人々の痣は消え、その顔に安堵の色が戻っていった。
「な……なんだ、これは……」
「信じられない……大地が、蘇っていく……」
目の前で起こる奇跡的な光景に、誰もが言葉を失っていた。
「あ……あ……」
エリアス殿下は、その場にへたり込み、呆然と私を見上げていた。
その瞳に映っているのは、もはや『魔女』でも『氷の人形』でもない。
国の危機を救った、一人の『聖女』の姿だった。




