第6話
カイとの契約から、私の日常は一変した。
昼間は離宮の塔で息を潜めている『氷の人形』。
そして夜になると、街の明かりが灯る頃合いを見計らって、カイの店に通う日々が始まった。
「いいか、魔力ってのは体中を巡る血液みたいなもんだ。無理に止めりゃ澱むし、決壊すりゃ大惨事になる。大事なのは、その流れを感じて、望む場所へ、望む分だけ流してやることだ」
カイの指導は、私がこれまで王宮で受けてきたどんな教育よりも実践的で、そして、分かりやすかった。
彼はまず、私のチョーカーを解き、代わりに銀の鎖でできた簡素なペンダントを首にかけてくれた。中央には、月の光を宿したような乳白色の石が嵌め込まれている。
「ムーンストーンだ。あんたの魔力の流れを可視化してくれる。感情が昂ると光が強くなり、落ち着けば穏やかになる。これからは、それを見ながら流れをコントロールする訓練をする」
初めは、うまくいかなかった。
些細なことで石は眩い光を放ち、店のガラクタをガタガタと揺らしてしまう。
その度に、私はかつての失敗を思い出して怯えた。
「……っ、ごめんなさい!また……!」
「謝るな。最初からできる奴がいるか。ほら、深呼吸しろ。息を吸って、ゆっくり吐きながら、光が穏やかになるのをイメージするんだ」
カイは決して私を責めなかった。
私がパニックになりかけると、彼はいつも無骨で、けれど温かい手で私の頭をぽんと撫でてくれる。その不器用な優しさが、強張った私の心を少しずつ解きほぐしていった。
ある日の訓練で、カイは店の隅で萎れかけていた鉢植えを私の前に置いた。
「この花に、少しだけ魔力を分けてやれ。『元気になれ』って、願いながら」
「……私が、ですか?枯らしてしまったら……」
「そん時は、俺が新しいのを買ってくる」
恐る恐る、私は鉢植えに手をかざした。
ペンダントの光が強くなる。怖い。
でも、カイの琥珀色の瞳が、まっすぐに私を見つめている。
『お前ならできる』と、その目が語っていた。
(元気、に……なあれ……)
心の中で、強く願う。
すると、私の指先から、淡い翠色の光がふわりと溢れ出し、萎れていた花びらへと吸い込まれていった。
次の瞬間、信じられないことが起きた。
ぐったりと項垂れていた茎がしゃんと背を伸ばし、閉じかけていた花びらが、ゆっくりと、しかし確かに開いていったのだ。
「……あ……!」
咲いた。
私の力で、花が、咲いた。
胸の奥から、ぽかぽかと温かいものが込み上げてくる。
頬が緩み、口角が自然と持ち上がる。
鏡を見なくても分かった。
私、今、きっと笑っている。
「……ははっ、なんだ。嬢ちゃん、ちゃんと笑えんじゃねえか」
カイが、少しだけ驚いたように、そして、とても優しく笑った。
その笑顔を見て、私の胸は今まで感じたことのないくらい、甘く、きゅうっと締め付けられた。
この力は、呪いなんかじゃなかった。
私の世界に、初めて色が生まれた瞬間だった。




