第4話
王都の夜は、貴族街の華やかさとはまるで違う顔をしていた。
煌びやかな魔導ランプの光は届かず、薄暗い路地を、所在なさげなガス灯がぼんやりと照らしている。
フードを目深に被り、壁伝いに歩く私の姿を気にする者は誰もいない。
(本当に、こんな場所にあるのかしら……)
母様の言葉だけを頼りに、王都の外れ、職人たちが集まる地区へと足を進めていた。
鉄を打つ音、何かの薬品が発するツンとした匂い、そして人々のざわめき。
私の知る世界とは何もかもが違うその空気に、少しだけ気圧される。
どれくらい歩いただろうか。
大通りから一本入った、ひとき "わ静かな路地裏で、私はそれを見つけた。
古びた木の扉の上に掲げられた、小さな看板。
そこには、止まり木にちょこんと乗った、真鍮製のフクロウが彫られていた。
明かりも灯っておらず、一見すれば廃屋のようだ。
(ここ、なの……?)
本当に、こんなお店が私の希望になるのだろうか。
不安に駆られながらも、後戻りはできない。
意を決して、重たい木の扉を、そっと押した。
ギィ、と軋んだ音を立てて開いた扉の先には、私の想像を絶する光景が広がっていた。
店内は、狭いながらも天井まで届くほどの棚に、多種多様な魔道具が所狭しと詰め込まれている。
正体不明の機械の部品、怪しげな光を放つ鉱石、埃をかぶった分厚い魔導書。
様々なものが無造作に積み上げられ、独特の、油と金属と、それから微かに甘い薬草の匂いが鼻をついた。
「……誰か、いるか」
店の奥から、不愛想な、それでいて深く落ち着いた声がした。
声のした方へ視線を向けると、カウンターの向こう側で、一人の男性がこちらに背を向けたまま、ルーペを片手に何か細かい作業をしている。
歳の頃は、二十代半ばだろうか。
黒い髪を無造作に後ろで一つに束ね、着古した作業着の袖を肘までまくっている。その逞しい腕には、いくつか古い火傷の痕が見えた。
「……あの、ご迷惑でなければ、見ていただきたいものが」
私がか細い声で言うと、男はようやく手を止め、億劫そうにこちらを振り返った。
そして、私の顔を見るなり、彼の琥珀色の瞳が、ほんのわずかに見開かれた。
「……あんた、それ……」
彼が目を見開いたのは、私が差し出したチョーカーに対してではなかった。
私の、全身から立ち上る『気配』に対してだった。
初めてだった。
私の本質に、一目で気づいた人間は。
彼はすぐに表情を消すと、カウンターから出てきて、無言で私に椅子を勧めた。
その無骨な仕草は、貴族の男性のエスコートとは似ても似つかないけれど、不思議と威圧感はなかった。
「……カイだ」
「え?」
「俺の名前。とりあえず、座れ。話はそれから聞く」
カイ、と名乗った彼は、私の向かいにどかりと腰を下ろした。
そして、私の首元に視線を固定したまま、低い声で言った。
「その首輪……いや、チョーカーか。そいつは、かなり厄介な代物だな。あんた、自分がどれだけヤバいもんをぶら下げてるか、分かってるのか?」
彼の琥珀色の瞳は、まるで私の魂の奥底まで見透かしているようだった。
『氷の人形』の仮面など、この男の前では何の意味もなさない。
私はただ、息を呑むことしかできなかった。




