表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第4話

王都の夜は、貴族街の華やかさとはまるで違う顔をしていた。

煌びやかな魔導ランプの光は届かず、薄暗い路地を、所在なさげなガス灯がぼんやりと照らしている。

フードを目深に被り、壁伝いに歩く私の姿を気にする者は誰もいない。


(本当に、こんな場所にあるのかしら……)


母様の言葉だけを頼りに、王都の外れ、職人たちが集まる地区へと足を進めていた。

鉄を打つ音、何かの薬品が発するツンとした匂い、そして人々のざわめき。

私の知る世界とは何もかもが違うその空気に、少しだけ気圧される。


どれくらい歩いただろうか。

大通りから一本入った、ひとき "わ静かな路地裏で、私はそれを見つけた。


古びた木の扉の上に掲げられた、小さな看板。

そこには、止まり木にちょこんと乗った、真鍮製のフクロウが彫られていた。

明かりも灯っておらず、一見すれば廃屋のようだ。


(ここ、なの……?)


本当に、こんなお店が私の希望になるのだろうか。

不安に駆られながらも、後戻りはできない。

意を決して、重たい木の扉を、そっと押した。


ギィ、と軋んだ音を立てて開いた扉の先には、私の想像を絶する光景が広がっていた。


店内は、狭いながらも天井まで届くほどの棚に、多種多様な魔道具が所狭しと詰め込まれている。

正体不明の機械の部品、怪しげな光を放つ鉱石、埃をかぶった分厚い魔導書。

様々なものが無造作に積み上げられ、独特の、油と金属と、それから微かに甘い薬草の匂いが鼻をついた。


「……誰か、いるか」


店の奥から、不愛想な、それでいて深く落ち着いた声がした。

声のした方へ視線を向けると、カウンターの向こう側で、一人の男性がこちらに背を向けたまま、ルーペを片手に何か細かい作業をしている。

歳の頃は、二十代半ばだろうか。

黒い髪を無造作に後ろで一つに束ね、着古した作業着の袖を肘までまくっている。その逞しい腕には、いくつか古い火傷の痕が見えた。


「……あの、ご迷惑でなければ、見ていただきたいものが」


私がか細い声で言うと、男はようやく手を止め、億劫そうにこちらを振り返った。

そして、私の顔を見るなり、彼の琥珀色の瞳が、ほんのわずかに見開かれた。


「……あんた、それ……」


彼が目を見開いたのは、私が差し出したチョーカーに対してではなかった。

私の、全身から立ち上る『気配』に対してだった。

初めてだった。

私の本質に、一目で気づいた人間は。


彼はすぐに表情を消すと、カウンターから出てきて、無言で私に椅子を勧めた。

その無骨な仕草は、貴族の男性のエスコートとは似ても似つかないけれど、不思議と威圧感はなかった。


「……カイだ」

「え?」

「俺の名前。とりあえず、座れ。話はそれから聞く」


カイ、と名乗った彼は、私の向かいにどかりと腰を下ろした。

そして、私の首元に視線を固定したまま、低い声で言った。


「その首輪……いや、チョーカーか。そいつは、かなり厄介な代物だな。あんた、自分がどれだけヤバいもんをぶら下げてるか、分かってるのか?」


彼の琥珀色の瞳は、まるで私の魂の奥底まで見透かしているようだった。

『氷の人形』の仮面など、この男の前では何の意味もなさない。

私はただ、息を呑むことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ