第七幕:逃走
「ーーAI。この匂いが、このシダの物質がーー脳内のーーどの部分に作用しているかをーー解析しろ。ーーすぐにだ!」
ーー叫んだ。恐怖の悲鳴を上げたいブタの心を、理性で無理やり押さえつけた。
突然ーー目の前がわずかに歪み、地面の青紫のシダが、まるで生きた肉のように蠢いている幻覚が見え始めた。
「船長、論理的思考の維持率が70%を切りました。これ以上の曝露は致命的です。命令を修正します。」
AIの声は、支配者へと変貌していた。
「ーーファウスト探査官。あなたの命令『解析の継続』を遂行するため、即座に後退します。」
「ーー分析は、船内ラボで透過した揮発性物質の残留成分から。
これが現在の状況下でーー最も論理的な選択です」
AIは、ボクの代わりに論理的な判断を下したのだ。
「時間はありません。あなたの『ブタの心』が望む行動——すなわち『逃走』——従ってください」
その言葉に屈辱を感じたが、同時に命を救われたことも理解した。
幼児の身体は、すでに限界だった。
「わかったーー後退する。ーーだが、その前に——」
ぼくは、最後の理性の力で、シダの群生地の端に生えていた一つの小さな青い突起を、両手で乱暴にーーもぎ取るように引き抜いた。
解析に必要なサンプルだからだ。
匂いがさらに強烈になった。
が、ためらうヒマはないーーそれを腕を震わせて、密封サンプルケースに押し込んだ。
ーーそして、ぼくは一目散にメフィスト号に向かって走った。
重力が1.2倍の惑星で、今にも闇が近づくーー恐怖に追われる幼児。
それは、滑稽な、しかし必死の逃走だったろう。AIは、ボクの行動を一歩たりとも見逃さず記録し続けている。
見られているーー見られていたーー。
「船長、着陸地点に到達。エアロックを開放します。緊急解析チャンバーを作動させましたーー」
ーー船内へ飛び込んだ。
ヘルメットを外し、船内で生成された新鮮な空気をーー肺いっぱいに吸い込むと、うつ伏せに倒れ込んだ。
違和感はーーしばらくして消え去った。
「AI……解析を開始しろ。シダの揮発性物質が、今後の生存の『鍵』だと、ぼくは確信しているーー」
恐怖に打ち克ち、最も重要な資源を手に入れた。そして、ボクは破綻の境界線をギリギリで踏みとどまった。
「ーー船長。 あなたは船内に戻り、シダの揮発性物質と生存に関する決定的な手がかりを手にしました。
次の段階は、ラボでの化学的な解析です。優先すべきものを選択してください。時間は有限なのです。ーー夜が来ます。あなたのーー我々のーーこの惑星でのーー初夜が、ね」
【メフィスト号の船長への問い】
ラボで解析を行うために、AIに何を優先させるべきでしょうか?
1. 【即時解析】: 採取したシダの揮発性物質の分子構造を即座にAIに解析させ、『恐怖』を引き起こす原因物質を特定する。
2. 【情報戦の準備】: 解析と並行して、大型獣がシダを避ける理由と、UEへの対策ーーこの物質をどう組み込めるかをシミュレーションさせる。
3. 【身体の安定】: 船長の身体に透過した揮発性物質を分析し、長期的な副作用を評価。
論理的思考の破綻を完全に防ぐための対策を優先させる。
(こうして、第七幕は解析により幕を閉じる。)




