第六幕:最初の選択
「最初の命令だ。AI。 シールドを展開し、ーー外敵に備えておけ。ボクはこの付近、周辺を歩行して探索する。
いい場所が見つかれば、
その場でベースキャンプを展開する予定だ。まず、シダの群生地へ向けていくーー」
「承知いたしました、船長。
船体防御シールド、残存エネルギーの許す限り最大展開を実行ーー。」
そこでAIは沈黙した。
しばらくして、言葉を続けた。
「船長。周囲に異常な磁場反応を検知。ーーこのエリアは、常にエネルギーの乱れに晒されています。
この影響は、私との通信障害を引き起こす可能性がありーー生存活動にリスクがーー」と長々と説明しようとした。ボクの頭の知識が答えを告げた。
一秒以内にだ。
「障害の影響を減らすように、システムを改善してくれ。不安定といっても、兆候はあるーーきっとね」
メフィスト号のエアロックが開き、初めて、ゼータの大地に足を踏み入れた。
足元は、薄い灰色の粘土質の土だった。
空は濃い緑色で、ボクたちの頭上には、巨大な岩のリングが横たわっていた。
着地したクレーターは、隕石ではなく、何らかの巨大な爆発によってできたように見えた。ーー隕石ではない爆発がーー。ボクの頭の中で、カチッと音がした。
ーーボクは歩いたよ。慎重に。
AIは、危険な場所に着地させたわけじゃないけど、ボクは信用しすぎない。
なにせ、ここは未知なのだから。
「船長、シダの群生地まで、徒歩でおよそ800メートル。この惑星の重力は地球の1.2倍です。体力の消耗に注意してください。
気温は現在12度。ーー異常はありません。もし、この環境下で行動不能なようでしたら、『失敗作』の判定をくだしますーー」
重力を、自分に課した使命の重さのように感じた。一歩一歩が重く、この幼児の身体には堪えた。
だけど、『失敗作』という言葉が、すべての疲労を打ち消した。
シダの群生地は、すぐに視界に入った。それは鮮やかな青と紫の絨毯のようで、美しかった。
足早に近づいた時に、再び頭の中で声がした。
「その探査服はフルオキシテトラメチルブタノン(FOTM)の耐性コーティングにより保護されています。
ーーが、シダの揮発性物質の透過率は不明です。」
ボクはその群生地の上空に意識を集中させた。空気の揺らぎが見えた。
ーー揮発性物質の濃度が高い証拠だ。
「AI、この近辺に、大型獣あるいはUEの気配はあるか?」
「いいえ、船長。現在は日没前であり、昼行性の大型獣と、夜行性のUEは、活動を控えている時間帯です。慎重すぎる事がーー逆にリスクを高めてます」ーーボクは下唇を噛んだ。
「船長。簡易スキャンを実行しました。群生地の周囲には、無数の小さな硬い突起状の足跡が確認できます。これは夜行性のUEのものです。
彼らはこの場所を通っているようですね。ですが、大型獣の足跡は見当たりません」
ボクの胸に、興奮が湧き上がった。
このシダには、大型獣の行動を制御するーー何らかの秘密が隠されている。
シダの群生地の境界線まで進んだ。一歩踏み入れると、すぐにヘルメットの換気システムをすり抜けて、微かな、甘く、それでいて吐き気を催すような匂いが、ーー脳の奥に届いた。
「AI、ボクの身体のモニタリングを開始しろ。この匂いはーー不快だーー何がーー起こっているーー」
AIの声が、初めて警告の色を帯びた。
「船長、即時後退を推奨します。シダの揮発性物質が、探査服のFOTMコーティングを透過し始めました。
物質は、船長の『恐怖』を司る脳内伝達物質の放出を刺激する組成を持っています。
ーーこのままでは、論理的な思考の破綻を招く可能性があります!」
身体が、「逃げろ!」と悲鳴を上げていた。まるでブタが怯えるように。何もかもがわからない。踵を返して、にげたかった。
ーーだが、ボクの中の論理がそれを許さない。
「ーーAI。この匂いが、このシダの物質がーー脳内のーーどの部分に作用しているかをーー解析しろ。ーーすぐにだ!」
ーー知らなきゃいけない。
【メフィスト号の船長への問い】
シダの匂いがあなたの論理的な思考を脅かし始めています。『恐怖』はあなたの論理を破綻させ、私の判定の引き金になりかねません。
この極限状態で、生存への第一歩として最も論理的な行動を選択してください。
1. 【解析の継続】: 危険を顧みず、シダの群生地にさらに数歩踏み込み、解析に必要なサンプルを採取する。
2. 【緊急後退と防御】: 即時メフィスト号へ後退し、揮発性物質の分析を船内ラボで行い、詳細を突き止める。
3. 【実験】: シダの揮発性物質を少量採取し、メフィスト号の近くに設置し、実験を行う。
ボクは生存の論理と、原始的な恐怖の狭間で、最初の決断を迫られた。
(こうして、第六幕は最初の選択で幕を閉じる。)




