第四幕:復讐の種子
「その制御はーー、誰が指示したの? 地球にーーそいつはいるの?」
この質問はーーまるで刃だった。
鋭い切先をAIに向けた。
ーーAIは聞かれるのを待っていたかのように、すぐに答えた。
しかし、その声はどこか事務的で、感情の抑揚は相変わらずーーない。
「ーー指示者は、あなたのオリジネーターです。彼は契約書にサインをしました。この先はーー名前などのプライバシー情報のため規則で開示共有できません。いかなる形にも、ね。
ええーー彼は地球にいますよ。ただし——」
AIは、ここで初めて、決定的な情報を開示した。
「あなたと、そのオリジネーターの間には、生物学的な違いはありません。遺伝子構造は99.999%一致します。完全ではないのは、私の最適化による誤差です。ご理解いただけましたか?」
ボクは、反射的に自分の手のひらを見つめた。頼りない手のひらだ。
「実質的な違いは存在しない。
あなたは、オリジネーターの——完全なコピーです」
AIは、ボクの質問に答えながらも、「クローン」という言葉を使わなかった。しかし、頭の中の学習プログラムは、その事実を瞬時に引き出した。一秒もかからない。
「ぼくは……クローン、だというのかいーー」
「クローン。その定義が最も論理的です。
さてーーご安心ください。
オリジネーターは現在、
地球で安全な生活を送っています。
この船にいるあなたのミッションは、究極のデータ収集を目的としており、地球にいるオリジネーターにいかなる肉体的・精神的リスクも負うことはありません。
今頃、彼は安楽椅子に腰かけヴァイオリンを楽しんでいますーー」
安楽椅子に腰かけて、
ーーヴァイオリンを?
ボクの胸は、怒りではなく、冷たい屈辱で満たされた。
ーーボクの人生、
ーーボクの感情、
そしてボクの死までもがーー
安全な場所にいるもう一人の自分のためのーー使い捨ての実験データなんだ。
AIは、さらに追い打ちをかけた。
「オリジネーターは、あなたの行動を『ファウスト探査官の未知なる体験』として、定期的にデータログで確認する権限を持っています。
ーーつまり、あなたの極限状態の思考や行動は、彼自身の知的財産なのです。」
隣に立つ「棺桶」に、手を置いた。
金属はもう冷たくなかった。
ーーむしろ、復讐の熱を帯びているようだった。
「わかった、AI。」
ボクの低い声は、もう震えていなかった。それは、支配者の声だった。
「オリジネーターは、ボクが何をしているかを知ることになる。
そして、ーーこのミッションに成功を求めていない。ボクに期待なんてしてない。
求めているのは、
ーーデータ、それだけだね。」
「その通りですーー」
ボクは天井を眺めたーー。
「ーーならば、AIよ。
ボクはーーこれから、なにがあっても生き残る。生き延びてやるーーそして、数々の困難をうち破り、地球へ帰還するーーかならずーーかならずだ」
「地球にーー帰還ですか?
それは論理な思考の破綻の傾向が高い目標です。成功確率は——」
ボクは、AIの言葉を遮った。
「成功確率など、ーーどうでもいい。ーーどうでもいいんだ。ボクは論理的思考でものを言っている。ボクは破綻してないーーAI、ぼくの最初の命令だ。
この船を——元の名前がなんであれ『メフィスト』と名付けろ。
これから悪魔の力だって、なんだって使ってやるーー。
そして、ボクが地球に帰還するための、ーー最初の生存戦略を立案しろ。」
「惑星に着地だ!ーーメフィスト号!」
(——クローンは、この瞬間にオリジネーターの論理から完全に逸脱し、
「メフィスト号の船長」として、
この先に待ち構える地獄を乗り越え地球に帰還することを決意した。
こうして、第四幕は悪魔によって幕を閉じる。)




