第二幕:未知なる体験
「ねえ、AI……ボクは誰? 何をすればいいのーー?」
頭の中で、声が響く。
「ーーあなたはファウスト探査官。
そう定義されています。そして、あなたは重要な単独ミッションに就いています。私はその為のサポートとしての役割を、担っています。」
AIは淡々と答えたが、
その声のトーンには感情の起伏が一切なかった。まるで、ボクの質問を、ただの入力信号として処理しているかのようだ。
この小さな足が震えている。よろけて壁に寄りかかった。船内は薄暗いまま、ーー金属の壁が意思を持つかのように、よりかかった手から体温を奪っていくようだった。
「何をすればーー、ね」AIはわずかな間を置いて言った。
その少しの沈黙が、答えの重さを予感させた。
「あなたの役割は、『未知の体験』を経験することです。
肉体的、精神的なーー極限状態において、あなたがーーいかなる論理的判断を下し、いかなるデータを生み出すかーー私は記録し、地球の本体にいる上位の私へと送信すること」
ボクに分かりやすく理解させようとしてた。
「『未知なる体験』を経験すること、
これがーーあなたの存在意義です」
思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
それはまるでーー、喉を金属のパイプが通過していくようなイヤな感触だった。イヤな予感しかしない。
「ーーその役割に失敗した場合、どうなるの?」その問いがどこから来たのかわからないまま、思わず口にした。
「失敗した場合、ねーー」
AIの声は、一瞬の躊躇もなく、
宇宙の絶対零度のように冷たかった。
「ファウスト探査官。あなたは私により『失敗作』と判定されます。
判定後、すみやかに破棄プロトコルが直ちに実行されます。
対象は、この宇宙船ごとです。
私は環境汚染のない安全な場所に移動し、そこで自爆もしくはーー太陽にとびこみます。完全消滅する予定です。ご安心ください。
あなたが『失敗作』であったとの痕跡は残されません。完全消滅ですから」
ーー破棄プロトコル。
ボクは、隣に置いてある大きな金属の箱——棺桶——を、まぢまぢと見つめた。この船が自分の棺桶であることを、はっきりと理解できた。
「じゃあ、教えてくれよ、AI。」
ぼくの心臓は、もう震えていなかった。寒さではなく、論理的な思考の熱が、この身体を支配し始めた。
「その『失敗作と判定される失敗』とは、具体的に何を指すの? 何をしたら、破棄されるの?」
この問いは、恐怖を燃料にして吐き出されたものだ。
誰かがボクの頭の中で、恐怖の代わりに論理のスイッチを入れたように頭が冴えていく。
ボクはーー生きなきゃならない。
(こうして、第二幕は論理により幕を閉じる。)




