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第三章・2

―2―


 座敷部屋の上がり口の板の間に座りながら、灯は携帯電話をいじっていた。

 常磐があまりにしつこいので、陽子宛てにメールを送っていたのだ。何度か電話もしてみたのだが、電源が入っていないか、圏外だということを伝える音声がむなしく繰り返されるだけだった。


「なんで、私がこんなこと……」


 ぶつぶつ文句を言いながら、メールを送信していると、


「灯、どうした」


 掛けられた声に、ハッとして座敷部屋の中を振り返る。


「鈴様。おはようございます」


 とは言っても、もう夜なのだが。


「……うん」


 黒っぽい着物姿をした、中学生ほどの少年が、目をこすりながら大きく伸びをする。

 朝日奈あさひな りん、この店で夢占いをする、占い師。

 十五年前の事件で昏睡状態のまま、十三年眠り続けた鈴は、成長が止まってしまい、実際は三十歳になるのに当時のままの姿でいる。


「大酉。鈴様にお茶」


 灯が厨房にいる大酉に向かって言った。


「はいはーい」


 大酉が返事をして、盆にお茶を載せて運んでくる。


「気分はどうですか、鈴さん」

「大丈夫。悪くない」


 灯は盆から湯呑みを手に取ると、鈴の口元へ持っていく。鈴は目の前に差し出された湯呑みに、驚いたように目を丸くしたが、次に困ったように小さく笑った。


「自分で飲める」

「あ、ご、ごめんなさい」


 鈴は湯呑みを受け取ると、お茶の熱さを確かめるように、一度少し口をつけてから、こくりと喉に流し込む。


「何かあったのか」


 鈴は灯をちらりと見て、もう一度訊いた。


「いえ、何も」

「そう」


 鈴はそれ以上は何も訊かない。灯は常磐の話をしたくなかったが、なんだか鈴に隠し事をしているのは、嫌な気分だった。


「友達の後輩が……」

「うん?」

「友達の後輩が、昨日の夜から連絡がつかないらしくって。私も知ってる子だったから、連絡してみていたんです」


 常磐のことは言わずに、何をしていたのかを話す。鈴はそれを静かに聞いている。


「そうか」

「そうなんです」


 灯は後ろめたさがなくなり、少しすっきりとして笑った。


「というか、今どき大げさですよね。一日や二日帰らなくたって、誰も心配なんてしないんだから」

「俺がするよ」


 鈴の言葉に灯はキョトンとして鈴を見る。そんな灯に鈴は言葉を続けた。


「灯が帰らなかったら、俺は心配するよ」

「……」


 灯は複雑な表情になり、鈴から顔をそらした。


「鈴様は誰にでも優しいから……」

「俺が? 優しくない。ちっとも」

「でも! あのバカ刑事がここに来てたら、また助けてあげてたでしょ?」


 灯に詰め寄られ、そして灯の言っていることの意味が分からず、ポカンとした顔をする鈴。


「バカ刑事? 常磐さんのことか」


 すぐに常磐の名前が出てくる。本人が聞いたら、さぞかしがっかりするであろうが、他に該当する人物もいない。


「常磐さんが、どうかしたのか」

「別に。どうもしません」


 すっかりへそを曲げた灯。


「そういえば、昼間、鈴さんに会いに来ましたよ。常磐君」


 大酉が呑み終わった湯呑みを、片付ける。


「やっぱり! ここにも来たのね」

「鈴さんはおやすみでしたので、お茶を飲んだ後に帰られましたけど」

「……それで、何の用だって?」


 だるそうに机に頬杖をつきながら、鈴は大酉を見る。


「また、見たみたいでしたけど。例の夢を。鈴さんに話を聞きたかったんじゃないですかね」

「なるほど。……で、灯」


 鈴は今度は灯を見た。


「はいっ」

「なんで“やっぱり”なんだ?」

「……」


 灯は言葉に詰まる。

 鈴は小さく眉を寄せた。外で常磐に会ったのであろうことは、話さなくても分かるし、話さなくても別にかまわない。でも、なぜ隠そうとするのかは分からない。


「あいつは鈴様を利用しようとしてるだけ」


 苛々したような灯の声。


「あいつがどんな夢を見ようと、鈴様には関係ないことじゃない」


 この前の事件に鈴を巻き込んだことが、そんなに気に入らないのか。それとも、それをきっかけに鈴が、それまで出ようともしなかった外へ、勝手に出て行ったことが気がかりなのか。でも、それは常磐のせいではない。 

 とにかく、ひどく嫌われたものだと、鈴は常磐に小さく同情する。


「そうだな。俺には関係ない」


 鈴は言って、立ち上がった。座敷部屋を出る鈴を、目で追う灯。


「夕食にしよう。手伝ってくれるだろ?」


 そう言って厨房に向かう鈴に、灯はやっと笑顔になると、鈴の後を追いかけて厨房に向かった。




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