第二章・1
第二章
―1―
署に戻った常磐は早速、夢の少女の捜索願いが出ているか確認したが、少女に該当する捜索願いは出されていなかった。保護されている人物もいない。
少女の名前は風間 陽子といった。
自宅にも連絡してみたのだが、電話は呼び出し音がむなしく続くばかり。灯によると、陽子の両親は共働きで、家にいる時間は限られているということだった。
嫌な予感がした。
夢の中に出てきたのは、間違いなく陽子だった。
その陽子の行方が分からない。
嫌な感じだ。
灯にも陽子と連絡が取れたら、念のため、教えてくれるように頼んだのだが、携帯電話の連絡先を交換したときの、灯の嫌そうな顔といったらなかった。
灯の話だと、夜遊びや外泊も多い子のようだから、すぐに捜索願いが出されることも、ないのかもしれない。
「おい」
何事もなければ、それでいい。ただどこかで遊び歩いているだけなら、それでいいのだが。
「おいっ」
後ろから、そういう声と共に、頭に衝撃。
「…何ですか、東田さん」
「何ですか、じゃねぇんだよ」
東田 昇は刑事とは思えない、ヤクザのような凄味のある声で言った。常磐の先輩にあたり、いつも何かと行動を共にするのだが、いまだに常磐は、なぜ東田が刑事になったのか分からない。それぐらい刑事という言葉が似合わない男なのだ。
「ったく、硬ぇ頭しやがって」
常磐の頭を殴った手を振る東田。
じゃあ、殴らなければいいのに。
「常磐、お前、病院に行ったんじゃなかったのかよ」
「行きましたよ、ほら」
常磐は左腕を上げて見せた。その腕は、以前の事件で犯人に切りつけられ、十数針縫う大怪我だった上、縫った後に一度開いたため、治りが遅くなり、今日ようやく抜糸が済んだところだった。
東田に言わせると、常磐が鈍いから、そんな大怪我になるんだそうで、自分ならそんな怪我はしなかったということだ。
「それで?」
「はい?」
「その後はどこで道草食ってやがった」
「……ちょっと、お茶してました」
嘘ではない。
「あの朝日奈ってガキに会いに行ってたんじゃあ、ねえだろうな」
「あ、会ってませんよ」
これも本当。鈴には会っていない。ついでに言うなら、鈴は本当は子供ではない。
「お前が十五年前の事件を調べてるって、署の皆の噂になってるのは知ってるか」
「ええ、調べてますから」
「朝日奈 鈴に頼まれたんじゃねえのか」
「朝日奈さんは、そんなこと頼んだりしませんよ……」
『朝日奈一家惨殺事件』。それが十五年前に起こった事件である。一家四人を襲った残酷な事件の、鈴は唯一の生き残りなのだ。
「なんで、お前が調べるんだよ」
「なんでって言われても……ほっとけないじゃないですか。俺は朝日奈さんには助けてもらいましたし」
それを聞いて、東田の元々恐い顔が、さらに恐くなる。
「事件解決のために、一般市民が協力するのは当然だ。そんなことに、いちいち恩を感じてんじゃねえ。あのガキとはもう関わるな」
「でも……」
返事をにごらす常磐。
「なんだ、またあのガキに、会いに行かなきゃいけない用でもあるのかよ」
「昨日、また夢をみて……」
「お前なぁっ!」
常磐がすべて言い終わる前に、うんざりといった様子で、東田が常磐の言葉をさえぎるように言った。
「捜査するんならな、普通に捜査しろ。普通にだ! 言っとくがな、俺はまだ、お前のその夢の話を信じたわけじゃない。あのガキのこともだ! たまたま、運良く犯人を捕まえられたからって、調子にのるんじゃねぇ」
東田は指で常磐の頭を突っついた。
「腕だけじゃなくて頭の方を、一度、ちゃんと病院で見てもらえ。いいな」