第一章・3
―3―
数十分後、常磐は灯と二人で、女の子だらけの可愛らしいケーキショップの席に着いていた。
チラチラと自分を見る視線が痛い。
「……どこか他の場所にしない?」
「そんなこと言って、蜃気楼に行こうとしたってダメだから」
「そういうわけじゃないけど」
灯は聞く耳もたず。
「それで、今回はどんな夢を見たのよ」
運ばれてきたショートケーキを、フォークで切りながら言う灯に、常磐はコーヒーを一口飲んだ。
さすがに先ほど、蜃気楼で豆大福を食べた後に、ケーキを食べる気にはならなかった。
「うん。昨日の夕方に見たんだ。辺りは真っ暗で、どこなのかはさっぱり分からないんだけど……」
昨日見た夢を思い出す。
常磐は長いまっすぐな道の端に立っていた。
なぜか気分が良かった。心が満たされるような、正義感に溢れている。そう、これからやろうとしていることは、何も間違ってはいないのだから。
そう、すべては彼女のため。
向こうから女の子がやって来て、常磐を見て立ち止まった。
髪を染めて、素顔が分からないような化粧をした少女だ。制服のスカートは短く、赤いネクタイはだらしなく緩められている。
少女は常磐を蔑んだような目で見ながら、通り過ぎていく。
しかし、それでも常磐はそんな少女に気を悪くすることはなかった。
大丈夫。僕は君のことを分かっているよ。
自分の中に、慈悲に近い感情が溢れるのを感じる。
常磐は少女の後をついていき、少女を呼び止める。少女が困惑したように振り向いた。常磐は少女に向かって、ゆっくりと手を差し伸べた。
すると少女は、先ほどとは打って変わって、嬉しそうな微笑みを浮かべ、常磐の手に自分の手を重ねた。
「なにそれ」
灯の感想はあっけない一言で終わった。
「……さあ、なんだろうね」
常磐も夢の意味までは分からない。
「別に事件になりそうもないじゃない」
「まあね」
「あんたの女子高生と付き合いたいっていう、ただの願望の表れじゃないの?」
「女子高生なんか嫌いだ……」
目の前の気の強い女子高生を相手に、うんざりしたようにつぶやく。
「何か言った?」
「とにかく、あの感じは例の種類の夢だよ。俺じゃない、誰かの感情や感覚が流れ込んでくるんだ。それに、やっぱりおかしくないかな。君だって、ついさっき睨むように見ていた人間の手を、すぐに握ったりはしないだろ」
「当たり前でしょ。気持ち悪い」
ショートケーキの苺を口に入れて、灯はフォークで常磐を指しながら言った。
「そんな夢の内容のことは、霧藤にでも相談するのね。あいつなら、面白がって聞くでしょうから」
「ああ、霧藤さんか」
霧藤 愁成は精神科医で、鈴の主治医だ。見るからに頭の良さそうな男で、人当たりもいい好人物なのだが、常磐は霧藤がどこか少し苦手だ。
しかしまあ、確かに鈴以外なら霧藤に相談するのが、夢の持つ意味を探るには手っ取り早いかもしれない。
「ロイヤルブルーは二年生。ワインレッドは一年生。ちなみに三年生はビリジアン」
「ビリ?」
「……緑」
「ああ、緑ね」
灯は先ほどの、ネクタイの色の質問にようやく答えてくれた。
「そうか。じゃあ、夢に出てきた子は、一年生なんだな……」
「他に訊きたいことは?」
「そうだな。最近、不審者を見かけたって子はいないかな。そういう噂とか聞いたことはない?」
「そうね。明日あたりなら、聞けると思うけど」
「え、なんで」
「スーツにミリタリージャケットの怪しい男がうろついてたってね」
「……」
自分のことか。
そのとき、携帯電話の振動する音が聞えて、常磐は自分のポケットを探った。
「私のよ」
灯が携帯電話を取り出して出る。
「何? うん。別に平気だけど。……うん」
灯が話をしている間、常磐はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。
「分かった。じゃあ、私も連絡してみるから。うん、じゃあね」
電話を切って、紅茶を口に運ぶ灯。
「どうかしたのかい」
常磐が訊くと、予想通りの顔と言葉が返ってくる。
「あんたには関係ないでしょ」
「はいはい、そうですね」
「友達の後輩が、昨日の夜から連絡が取れないんだって」
どうせ教えてくれるなら、最初の一言は余計なのに。
「うちの近所に住んでるから、私もよく知ってる子なの」
「うちって、蜃気楼?」
以前、常磐は灯が蜃気楼に帰って来たときに会っているのだが、
「本当の家の方よ」
素っ気無い声が返ってきた。どうも複雑な事情があるらしい。
「じゃあ、今日も学校には来てないのか。心配だね」
「別に。三日続けて学校に来ないこともある子だから」
「そうか、そういう子なんだ……」
「今どき、そんなに珍しいことでもないでしょ?家以外から登校してきたりすることもあったみたいだし」
灯は冷めた笑顔で、メールで送られてきた写真を、携帯電話の画面に映して常磐に見せた。
そこには数人の少女が、カラオケショップの薄暗い店内で、マイクを手にポーズをとっている姿が写っていた。
「感心しないなぁ」
常磐は何気なくその画面を見たが、
「ちょ、ちょっと待って!」
携帯電話をしまおうとした灯の手を掴む。
「何よ!」
思い切り手を引っ叩かれた。痛い……。
常磐はもう一度、写真を確認した。
間違いない。
画面に映ったその少女のうちの一人、しかも連絡が取れなくなっているというその子は、常磐の夢に出てきた少女だった。