第十章・2
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「まあ一時期、流行ったよなぁ。こういうタイプの」
「趣味がいいとは思えませんけど」
常磐と東田は、廃墟と化した城……ラブホテルの中に足を踏み入れた。
黒崎の中では、綺麗な城の姿だったはずのそこは、ガラス窓が砕け散り、壁には亀裂が入っている。落書きなどもあることから、若者が面白がって訪れることもあるようだ。
どこからか雨漏りでもしているのか、床に水溜まりができていて、湿ったかび臭い匂いが漂っている。
窓が少ないせいか、外よりも真っ暗なホテルの中は、お化けでも出そうな雰囲気だ。
「じゃあ、俺はこのフロア見てくるから、常磐、お前二階からな」
「は?! 別々で捜すんですか?」
「その方が効率がいいだろ。犯人はもう死んだ。あの感じだと共犯もいなそうだしな。大丈夫だろ」
「はあ……」
「なんだよ、怖いのか」
にやにやする東田。
「東田さん、こういう、かつて人が居て離れた場所には、幽霊が集まってきやすいんですよ」
真面目に返した常磐に、東田は呆れた顔をして先に進んでいく。
「いいからとっとと捜せ」
「はい」
「幽霊がでたら、無線で知らせろ。退治しに行ってやっから」
「了解です」
「お前……ホントに分かってるか?」
東田と別れ、暗い階段を懐中電灯で照らしながら前に進む。
時折、靴がガラスの破片を踏んでは、カチャリと音をたてる。
「誰かいませんか!」
呼びかける声はむなしく闇へと消えていく。
そもそも、一つ一つの部屋は、常磐の住んでいるボロアパートと違い、それなりに防音対策がされているのだろう。
仕方なく、部屋を一つ一つ開けながら中を確認するが、中には誰も居なかった。
そのとき、懐中電灯が妙な物を照らした。
廊下の突き当たり。壁かと思ったが質感が違う。近づいてみて、それがベッドのマットだと分かった。
廊下を壁のようにぴったりと塞いで立てられている。
これでは、常磐が大声を出しても、マットの先には到底届かないだろう。それはまた、向こうで音がしてもこちらには聞えないということだ。
この先に何かあるのか。
常磐はそのマットに手を置くと押してみた。
ピッタリと廊下のサイズにはまっているからか、思いのほか重たい。
「う……」
肩を押し当てるようにして、もう一度力を込めて押すと、ぐらりとマットが傾いた。
「わ!」
倒れたマットと共に、常磐もマットの上に倒れこんだ。
埃が舞って、目を閉じ咳き込む。
「……」
目を開け、再び廊下の先に懐中電灯を向けた常磐は、一瞬ここは夢の中なのかと思った。
廊下の窓から月明かりが差し込んできて、よりはっきりと目の前の空間を映し出した。
後ろを振り返ると薄汚い廃墟が広がっている。しかし、マットから先には、綺麗に片付けられた空間が広がっていたのだ。
恐る恐る立ち上がり、マットの先に進む。
窓ガラスも割れていない。おそらく、誰かの手で綺麗な物に張り替えられたのだろう。
床にもカーペットが敷かれていて、柔らかな感触に戸惑う。
壁も白く塗り直されている。
奥へと進むと、部屋が三つあった。
やはり、後から付け替えたと思われる綺麗なドアだった。
常磐は一番手前のドアノブに手をかけた。
ガチャリという鍵のかけられている感覚。常磐はノブをもう一度回した。ドアは開かない。
「誰かいますか!」
常磐はドアを叩いた。
「警察です! 誰かいたら……」
そのとき、ドアがドンッと向こう側から叩かれた。
「助けてっ!!」
少女の声がした。ドンドンッと立て続けにドアが叩かれる。
「ここを開けてえっ!」
「落ち着いて。君の名前は」
「陽子! 陽子よ! 早く開けて!」
声の主は風間 陽子だった。
「分かった。すぐに開けるから。ちょと、ドアから離れてて。いいかい?」
常磐はドアに体当たりした。
ジンと肩が痺れる。次に足で思い切り蹴飛ばしたが、ドアはびくともしない。
「東田さん!」
『おう、なんだ。幽霊が出たか』
無線で東田を呼ぶと、東田はそんなことを言ってきた。
「風間 陽子を見つけました」
『本当か!』
「二階の廊下突き当たりです。部屋に閉じ込められてますが、ドアが開きません。車にドアを開ける道具を……」
常磐が言ったとき、
「待って! どこに行くの! 置いていかないでっ!」
ドアの向こうで少女が半狂乱になったように叫んだ。
「大丈夫、ドアを開けるために、一度車に戻るだけだから」
「お願い! ここに居て! どこにも行かないで!」
「分かった。分かったから」
常磐は東田に言った。
「俺はここを動けないので、東田さん、車に道具を取りに行って来てください」
『ああ?!』
面倒くさそうな東田の声。
「お願いしますよ」
『わーったよ。ったく……』
ブツブツと言いながら駆けているのだろう、無線から雑音がしてきた。
「もう大丈夫。大丈夫だ」
常磐は言ったが、それは少女にではなく、自分自身に言っているようだった。
疲れたように常磐はドアにもたれて座り込んだ。