第一章・2
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常磐は記憶を頼りに、その高校を突き止めた。
その高校は、この辺りでも上から三番目くらいには入る進学校で、門構えも立派なものだった。立て替えたばかりと見られる綺麗な校舎は、さぞかし金がかかっているのだろうと思われる。
学生時代、頭よりも体を動かす方が得意だった常磐は、自然と顔が渋くなる。
なぜ常磐がここへ来たのかというと、昨日見た夢が理由だった。
夢の中に出てきた少女が、ここの物と思われる制服を着ていたのだ。顔を上げると、校舎入り口上部にある校章が見えるが、それと同じ物が少女の制服の胸ポケットにあったのを覚えている。
そう、あの夢の鮮明さ。あれはただの夢ではない。あれは……
そのとき、チャイムの音が聞えてきた。授業が終わったようで、ざわめきの声が外まで聞えてくる。しばらくすると、学生達が校舎からぞろぞろと出てきた。
門の端に突っ立っている常磐を、チラチラと見ながら笑ったり、あからさまに怪訝な表情をする子もいる。
確かに、くたびれたスーツにミリタリージャケットを羽織り、校舎内を覗き込んでいる様子は、不審者としか思えない。残念なことに女子高生の気を引ける、爽やかな容姿もしていない。無駄にでかい身長は、相手に威圧感しか与えない。
とりあえず、夢の中に出てきた少女の着ていた制服は、ここの物で間違いないようだ。
さて、次は……。
常磐は次の行動を考え、もう一度校舎に目をやり、小さな驚きにポカンと口を開ける。そこに知った顔を見つけたからだ。
そういえば、以前会ったとき、同じ制服を着ていた気がする。
しかし、相手の少女の方はというと、常磐に気づくなり、汚い物でも見たかのように一瞬顔をしかめ、何も見なかったというように、常磐を無視して通りすぎようとする。
「あの、灯ちゃん?」
常磐が声をかけても反応はない。
「灯ちゃん」
もう一度名前を呼ぶと、少女は長いストレートの黒髪を翻して、振り返った。
「気安く呼ばないでよ」
迫力のある目で睨みつけられる。可愛いというより美人なその顔を、不快感で歪ませながら。そこまで嫌わなくてもいいと思うのだが。
「おい、日暮、それ、お前の彼氏?」
少女のことを知っている様子の男子高校生が、からかうように言って通り過ぎていく。
「うるさい!」
言い返す少女。そういえば、少女の名字を常磐は初めて知った。前にあったときは、話らしい話をしなかったから。
「日暮って、いうんだ」
常磐が訊くと、少女がまた不機嫌な顔で常磐を見る。
「気安く呼ばないでって、言ってるでしょ」
なんて呼べば満足なんだ……。
「あんた、こんなとこで何してんのよ。警察呼ぶわよ」
少女、日暮 灯は、常磐が刑事だということを知っているはずなのに、そんなことを言った。
「うん、まあ、ちょっと確認したいことがあってね」
「確認?」
「そうだ。ちょうど良かった。そのネクタイって、学年で色が分かれてるのかな」
灯の胸元のネクタイを指して訊く。灯のネクタイはロイヤルブルーだ。
「そうだけど」
「赤って、何年生?」
正確にはワインレッド。
夢の中の少女がしていたのは、ワインレッドのネクタイだった。
常磐が答えを待っていると、灯が冷ややかに言った。
「なんで私が、あんたの質問に答えなきゃいけないのよ」
そして、足早に歩き出す。常磐は慌てて後を追うように、自分も歩いた。
「そんな、いいじゃないか。それぐらい教えてくれたって」
「事件の捜査なら、ちゃんと学校に掛け合うのね」
「まだ事件と決まったわけじゃ……」
言った常盤の言葉に、灯の足が止まる。
「どういう意味よ、それ」
「……」
「また、夢に関係があるの?」
答えない常磐に、灯の顔が険しくなる。
「また鈴様を巻き込もうって、いうんじゃないでしょうね」
理由は分からないが、灯は鈴のことを慕っていて、以前の事件で鈴を巻き込んだ常磐のことを嫌っている。大酉の話だと、鈴が目的の人間のことは、すべて良く思っていないということだったが。
「鈴様に近づかないで」
命令するような口調の灯に、常磐もさすがにちょっとムッとする。
「俺だって、朝日奈さんの手を借りずに済めばと思うよ。だから、こうやって動いているんじゃないか。朝日奈さんに近づかないでほしいなら、少しは君も協力してくれたっていいだろ」
灯は少し考えるように目を細める。
「分かったわよ」
そう言ってまた歩き出す灯に、常磐は訊いた。
「どこに行くんだい」
「立ち話もなんでしょ」
「そう……だね」
財布にあといくら入っていただろうか。そんなことを考えながら、常磐は灯について行った。