第十章・1
第十章
―1―
「本当にこっちで合ってるんだろうな」
東田が運転をしながら、胸ポケットの煙草を探る。
「ええ。たぶん。条件にぴったりと合う道はこっちでした」
常磐は手帳を見ながら窓の外に注意を払う。
鈴の書いたメモ。
駅前
鉄パイプの時計台
車で三十分以内の山道
進行方向左手に大きなダム
赤いかまぼこ型の橋
長いトンネル
右手脇道
洋風の城
箇条書きの簡潔なメモ。そこに添えられた時計台や橋など、ボールペンで描かれたイラストのうまさに感心する。
実際、鉄パイプの時計台などは常磐も知っていて、イラストを見た瞬間に駅の名前が分かったぐらいだ。
鈴がどうやって、黒崎の意識から、これらの情報を手に入れたのかは分からないが。
「西山が行った方はどうなんだ」
「あっちにも確かに橋はありますが、朝日奈さんのメモとは形状と色が違います」
メモを元に可能性のある場所を絞った結果、怪しいと思われる経路がもう一つ出たため、二手に分かれることにしたのだ。
「あっちは真っ直ぐなワーレントラスの橋です。色も黄緑だ」
林道を走る車の窓の外に、黒い湖面が揺らいでいた。ダムだ。
「見えたぜ」
煙草を口に銜えた東田が言って前方を見ると、夜の闇の中、鮮やかな赤い色が常磐の目に飛び込んでくる。
その赤い鋼トラストランガーのアーチ橋は、メモにかまぼこ型と書かれたイラストにそっくりだった。
そして、
「トンネルか」
東田がメモの通りに現れるポイントに、忌々しそうに呟く。
車はオレンジ色の口を開いていたトンネルの中へと、進んでいった。遥かに遠い出口を、常磐はメモのイラストと見比べる。
間違いない。
今、自分は鈴が見た景色と同じ場所をたどっている。
そう、ここまではいい。ここまでは地図でも確認した。あとは……。
「それはねぇだろうよ」
そうなのだ。
常磐は手帳をめくって、そこに描かれたイラストに視線を落とした。
洋風のお姫様でも出てくるんじゃないかと思われる城が、そこには描かれている。
鈴がいたのは黒崎の無意識の意識の中。
物事が省かれ、誇張され、歪んだ世界。
黒崎の中では美しい城だとしても、現実の世界ではどんな形をしているのかは分からない。
常磐は窓の外に神経を注いだ。
何も見逃さないように。
「おい常磐」
「はい?」
「脇道があったぞ」
「え、どこです」
東田はハンドルを右に切り、その脇道の前で車を停めた。
車を降りると、ごつごつとした砂利の感触が足の裏に伝わる。
脇道はもう使われていないらしく、草が覆い茂ってしまっていて、よく見ないと通り過ぎてしまうところだっただろう。
道の入り口にはチェーンが張られていて、出入りできないようになっている。
「通った跡はあるな」
懐中電灯で道を照らしていた東田はチェーンを跨いだ。
「行くぞ」
「はい」
砂利道を懐中電灯で照らしながら、慎重に前に進んでいた常磐は、一つ大きなくしゃみをした。
「緊張感のねぇ奴だな」
東田が後ろを振り返えり言った。
……あんたに言われたくない。
そういえば、鈴に上着を貸したままだった。
忘れていた寒さを思い出し、改めて少女たちの身が心配になる。
「どうしました、東田さん」
前を歩いていた東田が足を止めた。
「だんだんと薄気味悪くなってきたぜ」
舌打ちをしながら言った東田が、懐中電灯で照らした方を見る。
「城だ……」
常磐は呟いた。
暗闇の中、その城が姿を現した。
常磐は手帳のイラストに懐中電灯の光を当てた。
間違いない。
そして、もう一度、その城を見上げた。
もう、何年も前に廃業になったのであろう、洋風の城を模したラブホテルがそこには建っていた。