第九章・3
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バタバタと慌しい足音が近づいて来たかと思ったら、常磐たちの前を医者と看護婦が足早に通り過ぎていった。
あっちには黒崎の病室もある。
何かあったのだろうか。
「すみません……ちょっと、見てきます」
「どうぞ」
素っ気無く答える霧藤に鈴を任せ、常磐は黒崎の病室へと向かった。
「常磐」
どうやら自分を呼びに来たらしい西山と、廊下で出会った。
「どうかしたんですか」
「黒崎の容態が急変したの」
「えっ」
病室へ急ぐと、ドスンと重い音と共に、電気ショックを与えられた黒崎の体が、ベッドの上にはねたところだった。
先ほどまで弱く小さなリズムを刻んでいた心電図が、ピーという音と共に一本の線だけを映し出す。
医者が黒崎の体に覆いかぶさるようにして、心臓マッサージを試みる。
常磐はただ見ていることしかできない。
医者が胸を押す腕の動きと、心電図を交互に見るが、医者の肩が激しく上下するのに対し、心電図のまっすぐな線は少しも跳ね上がる気配が見られなかった。
しばらくして、息を荒くした医者が手を止めて、常磐たちに一度視線を送ると、白衣の袖を上げ腕の時計を見た。
◆◆◆◆◆◆
「霧藤さん! 朝日奈さんは?!」
廊下を走って戻ってくるなり、そう言った常磐に、霧藤は鈴の様子を確認する。
「まだ戻りませんが」
常磐が息を呑むのを見て、霧藤の顔が険しくなった。
「どうしたんです」
「黒崎が……今、死にました……」
常磐の言葉に、霧藤が再び鈴を見る。
「鈴?」
呼びかけるが返事はない。
くたりと横を向いている鈴の顔を上に向かせて、もう一度呼びかける。
「鈴」
「朝日奈さん、起きてくださいっ!」
常磐もソファの脇に膝をつくと、呼びかけた。
「鈴、起きるんだ」
霧藤が鈴の頬を叩く。
「鈴、起きろ。鈴。鈴っ」
だんだんと焦りと苛立ちを帯びてくる霧藤の声。
「鈴っ!」
一際大きな声で霧藤がそういったとき、突然ガバッと鈴が体を起こして、鈴の顔を覗きこんでいた霧藤は、鈴に頭突きを受ける形となる。
ゴツと鈍い音が響いて、後ろにのけぞった霧藤。
「~~~っ」
無言で額を抑える。
……痛そうだ。
「りんりんりんりん……うるさいっ。電話か、お前は」
開口一番、不機嫌極まりない声で、鈴は霧藤にそんな言葉を浴びせる。
「そもそも、なんで愁成がここにいる」
「……元気そうで何よりだ。それと鈴がこんなに石頭だとは知らなかったよ」
額に手を置いたまま、返す霧藤の声も不機嫌だが、落ち着きを取り戻している。
「人の顔を叩いていた奴に言われたくない。まったくペシペシ何度も……」
両手で頬を包み膨れる鈴に、ようやく常磐も胸をなでおろした。
「良かった……朝日奈さん。もしかして戻らないかと……」
「夢は俺の専門です。ご心配なく」
「本当に良かったです」
「あいつは、どうなりました」
「え?」
「黒崎です」
「…………死にました。たった今です」
「そうですか……」
何か思いをめぐらせている様子の鈴だったが、しっかりとした目で常磐を見ると、ソファに座りなおした。
「常磐さん、何か書く物をください」
「書くもの?」
「メモとペン」
「はあ。分かりました。何をするんです」
「俺が何をしに行っていたと思ってるんです」
手帳とボールペンを渡した常磐を、鈴が馬鹿にしたように見た。
「じゃあ……」
鈴は記憶を整理するように、一度ペンを口元に当てて目を閉じ、それからサラサラと手帳に何かを書き始めた。
どうやら言葉だけではなく、イラストまで描いている鈴の手元を覗き込む。
十分ほどして手帳を常磐に返した鈴は、常磐に言った。
「少女たちの居場所のヒントです」