第九章・2
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「本当に城だ」
呆れたような感心したような声で少女は言った。
林道を脇に一本入った横道の先に、その城は建っていた。洋風の絵本に出てくるような白壁に、先の尖った青い屋根。
少女の城を見上げる胡散臭そうな顔に、黒崎は少し可笑しくなる。
「さあ、行こう」
黒崎は改めて少女に手を差し出す。少女は黒崎の手に自分の手を重ねたが、今度はにこりともしなかった。
黒崎は城の扉を開いた。派手な外観のわりに、いたって地味な内装。
薄暗く静まり返った城の中を、少女の目は探るように上へ下へと動く。
拾われて来た猫のようなその様子に、
「何も心配いらないからね」
また優しく声をかけ、黒崎は遅くなった少女の足取りを、先へと促すように軽く手を引いた。
すると逆に、少女の足はピタリと止まってしまって、黒崎は少女を振り返った。
「それで他の子はどこにいる」
少女が言った。
「他の子?」
「そう。他の子もここにいるんだろ?」
少し乱暴になった少女の口調。
「悪いけど、あなたとあまり遊んでいる暇はないんだ」
黒崎は少女を見た。
なぜこの子が彼女たちのことを知っているのか。
「君は……誰だ」
少女は黒崎の手を払うようにしてほどく。
「残念だけど、あなたには到底、俺を理解することなんてできないよ。できるわけがない」
少女は黒崎を見下すような目で見た。
「俺から見たら、あなたはただのフェミニストで、ただのエゴイストだ」
違う。
この子は違う。
こいつは違う。
こいつはあの子とは違う。
「君は誰だ」
黒崎は繰り返した。
こいつは危険だ。
こいつは彼女たちを連れて行こうとしている。
そんなことはさせない。
なんとかしなければならない。
彼女たちを守らなければ。
ぐにゃり。
周囲の空間が歪んだ。
黒崎の背後から、黒い闇がじわじわと広がっていくのを見て、少女は黒崎に背を向けて駆け出した。
逃がしはしない。
逃がせばあいつは、彼女たちに危険を及ぼすだろう。
黒崎は城を出ようとしている少女に、手を伸ばした。
その手はゴムのように少女まで伸びると、少女の肩を掴む。
「!」
驚いた様子の少女をしっかりと捕まえると、黒崎の手は伸ばした巻尺を巻き取るように、少女ごと黒崎の元へ縮み戻る。
そうさ。僕は彼女たちのためなら、なんでもできる。
抵抗する少女をがっしりと抱きこむと、黒崎は少女の耳元に囁いた。
「僕と一緒に来るんだ」
言ったとたん、黒崎の足元に、突然ぽかりと大きな穴が開いた。
少女を抱いたまま、黒崎はその深い穴へと落ちていった。