第六章・1
第六章
―1―
「いい加減、教えてくれませんか」
常磐の言葉に男……黒崎 真也は俯いたまま、口の端を引き上げて歪んだ笑顔を作った。
灯への暴行未遂で現行犯逮捕された黒崎。
その逮捕をした常磐が、担当刑事として取調べをすることになったのだが、常磐はそもそも人と話をするのはうまい方ではない。
三畳ほどの小さな取調室には、格子付きの窓が一つ。中央にある机に常磐は黒崎と向かい合って座り、もう一時間ほど経つが、黒崎は何も話そうとはしなかった。
常磐は苛つく心を抑えて、先ほどから繰り返している質問を、もう一度黒崎にした。
「少女たちは今、どこにいるんです」
黒崎の意外な顔、それは黒崎が灯の学校の事務職員だったということだ。
一般教員とは違い、直接、生徒に教育指導を行うわけではないため、灯が顔を知らなくてもおかしくはなかった。逆に、黒崎が生徒のことを知るのは簡単だっただろう。
黒崎の手帳から出てきた写真の少女、灯を含む五人の内、一人はやはり風間 陽子だった。
そして、連絡が取れなくなって五日目だった昨日、ようやく両親が捜索願いを出しに来ていた。
黒崎の手帳から出てきた写真を見せたとたん、顔色を変えておろおろと取り乱す陽子の母親に、それならばどうしてもっと早く、娘を捜そうとしなかったのかと思う。
残り三人の少女の内の二人も、陽子と同じようないわゆるプチ家出を繰り返している少女で、それでも一人は二週間前、もう一人はすでに失踪から三週間が経っていて、捜索願いも出されていた。
残りの一人……。この少女だけが身元がまだ判明しない。
他の少女たちの写真が隠し撮ったようなものばかりだったのと違い、この身元不明の少女だけは、にっこりと笑ったカメラ目線の写真で、枚数も手帳に貼られた一枚だけだった。
ストーカー事件から一変して、大きな連続少女失踪事件へと姿を変えたこの事件に、署内は急に慌ただしくなった。
黒崎は暴行未遂の現行犯として逮捕されてから一夜明けても、写真の少女たちについて一切語ろうとしなかった。
ガンガンと乱暴なノックの音がした。
「おい、常磐。ちょっと」
取調室のドアを開けたのは東田だった。
常磐は補助官に黒崎を見ているように頼むと、取調べ室の外に出た。
「どうだ。何かしゃべったか」
東田は元々荒い口調を、更に荒くしながら言った。
「いえ。そっちは?」
「車の中から女のもんだと思われる毛髪が何本か見つかった。まだ鑑定中だけどな」
「そうですか。黒崎の自宅の方は」
「そっちは西山が行ってるが、今のところ失踪事件に関係ありそうなもんは、何も見つかってないそうだ」
ガシガシと頭を掻く東田。
「常磐」
「はい」
「あいつ、本当に少女失踪に関わってるんだろうな」
「……無関係ではありえないでしょう」
「でも写真を持っているだけじゃ、誘拐犯として捕まえられねぇぞ」
「ええ、今のところ、黒崎の容疑は灯ちゃんへの暴行未遂だけですね」
そう言った常磐を、東田が探るように見た。
「常磐。お前、もしかして黒崎が少女失踪に何か関係があるって、知ってたんじゃないのか」
「何言ってるんですか。……そんなの分かるわけないでしょう?」
常磐は東田にすぐ言い返すが、やはりその目を真っ直ぐに見返すことはできない。
「大きな事件を解決するための、被疑者の別件逮捕は俺らの常套手段だけどな。お前のこの場合、あんまりに唐突に後から出てきた大きな嫌疑だ」
東田は普段やる気のなさそうな態度しか見せないのに、変なところで鋭い。
常磐だって、これほどに事件が大きなことになるとは思っていなかった。
陽子の行方だけが心配だったのに、他に三人もの少女が関わってくるなど、想像もしていなかったのだ。
「この少女失踪が、すべて本当にあいつによる誘拐事件だとすると、かなりまずい。それは分かってるな」
「……はい」
誘拐事件は時間が経過すればするほど、誘拐された者の生存確率が減っていく。ましてや、連続誘拐となると、初めに誘拐された者は……。
「俺は、身元が分からないもう一人を調べる。なんとしてでも、あいつの口を割らせろ。本当に居場所を知っているのかどうか」
東田の言葉に、常磐は大きく頷いた。