第五章・3
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「まさか、本当にストーカーがいたとして、彼女が襲われるとは思わなかったわ」
西山は呼んだパトカーに男を乗せると言った。その考えは常磐も同じだ。やはり、あの夢は歪んだエゴの固まりだったということだ。
捕まった男はこちらの質問には口を閉ざしていたが、気味が悪いくらいに大人しく落ち着いていた。
「でも、良かったわね。何かある前に止められて」
「はい」
常磐は頷いたが、胸がチクリと痛んだ。
西山はうまくやれと言ったが、その西山に夢のことを黙って、嘘をついて、巻き込んだことは、やはり気分のいいものではなかった。
ただ、もう単独での行動はできなかった。たとえ嘘でも、それが周りに信じてもらえさえすれば、怪しまれることも疑われることもなく、捜査を続けられる。
そのために証人が必要だった。予知夢などではなく、通常の捜査の中で男を確保したのだということにしたかった。
たぶん、騙す相手が東田なら、ここまで胸は痛まないのだろう。
今は別件で呼び出されていて、来たがっていたけれど来られなかった東田の、つまらなそうな顔を思い出し溜息をつく。
「すみません。男が乗ってきた車を見つけたんですが」
パトカーを用意した近くの交番の警官が、車があるという方向を指差して言う。
「ここまでは車に乗って来たから、車を移動させないと」
男は自ら後ろ手に手錠で繋がれている手で、ズボンのポケットを探り、キーを差し出しながらそう言ったのだ。灯をその車に乗せて、どこへ行こうとしていたのかは分からないが。
いったい何を考えているのか。パトカーの中でうつむいている男の表情は確認できない。
「俺、確認してきます」
男を西山に任せて、常磐はその車を見に行った。
大通りの歩道脇に黒い一台の軽自動車が停まっていた。自動車にあまり詳しくない常磐でも見覚えのある、TVのコマーシャルで燃費の良さを謳っている車種だ。
常磐は懐中電灯で中を照らして見た。後部座席に毛布が一枚ある他は特に何もない。その毛布の使い道など、考えたくもないのだが。
男に渡されたキーでドアを開け中を確認する。
助手席に置かれた鞄に目が留まり、開けて中身を探る。
財布など、何か身分の分かる物はないだろうか。何かおかしな薬など持っていやしないだろうか。探る常磐の手が、一冊の分厚い手帳を掴んだ。
常磐はゴムのバンドで留められたその手帳を、バンドを外し慎重に開いた。その顔が不快に歪む。
灯の写真がそこには貼ってあった。どうやって撮ったのか、学校の校庭にジャージ姿で立っている写真だ。ページを捲ると、また灯の写真。今度は帰宅途中のバス停での姿。隠し撮りのそれらは、綺麗に手帳の用紙に貼られた物もあれば、挟んであるだけの物もある。
次のページを捲ったとき、バサバサと後ろのページに挟まれていた写真が重さでずり落ちた。
「わ……」
しまったと、助手席のシートに散らばった写真をかき集める。
その常磐の顔が強張った。
確認するように手に集めた写真を捲っていく。
そこには連絡が取れなくなっている、あの風間 陽子の顔があった。
そして、常磐が確認しただけでも、五人の少女の写真が手帳には挟まれているのが分かった。
男を捕まえた今、事件は始まったばかりだったのである。