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第五章・2

―2―


 煙草を買いに外へ出ていた東田は、署内に女子高生の姿を見つけて、さりげなくその顔を確認した。

 長い黒髪に少し気の強そうな強い目が印象的な美人だ。それでいて手足は細く華奢。

 いい女だ。あと二、三年すればもっと色気もついてくるだろう……などと刑事らしからぬことを東田が考えていると、


「ごめん、ごめん。待たせて」


 デートの待ち合わせに遅れたときのような台詞を吐きながら、常磐が少女のもとへ向かった。思わず、ポカンと口を開ける。


「遅い。何してたのよ」

「俺だって別に暇じゃないんだけど……」


 常磐は何やら親しげに女子高生と話している。なんだか面白くない。


「おい、常磐ぁ!」


 名前を呼ぶと、あからさまに嫌な奴に見つかったというような、ゲッとした顔をする常磐に近づき、自分のよりも高い位置にあるその肩に手を回す。


「常磐くーん。こちらはどなた様なのかなぁ?」

「あ……えっと。ちょっとした知り合いです」


 なんだそりゃ。

 東田は女子高生を見た。女子高生は小さく会釈する。


「日暮 灯といいます。はじめまして」


 愛想笑いもなしか。ますますいい。


「それで、こんなところで何を話してたんだ?」

「あー……えっとですね、実は彼女、ストーカーの被害に合っているらしくて」

「ストーカー?」

「それで、知り合いの俺がちょっと相談に乗ってまして」

「お前がぁ?」

「……何か変ですか」

「頼りになりそうにねぇじゃん!」

「俺、刑事なんですけど。……一応、あんたと同じ」


 東田と常磐がいつものやり取りをしていると、


「常磐さんにはいつも相談に乗ってもらって、とても助かっています」


 少し苛ついたような声で灯が口を挟んだ。

 こいつらできてんのか? そんな考えが東田の頭をかすめるが、その頭を叩く者がいた。


「あんたたち、なにしてんの。東田、ヤニが切れるたんびに席外すんじゃないわよ」


 そう、西山だ。いいタイミングでの登場に、常磐がホッとしたような顔をする。


「あら、誰? この子」

「常磐の知り合いのストーカー被害者だと」


 東田が犯罪に興味のなさそうな口調で説明する。


「何よ、それじゃあ、おっさん二人が相手じゃダメじゃない」

「誰がおっさんだ」

「俺もおっさんですか……」


 東田と常磐がそのヤクザ面をしかめていると、西山は灯に同姓の悩みを理解するような、優しい声で言った。


「ごめんなさいね。専門の窓口に行きましょう。付いて行ってあげるから」

「あ、待ってください。俺の知り合いなんで、俺がまず様子を……」


 常磐の言葉に、西山は常磐の腕を掴むと後ろを向かせて声を潜めた。


「あんたね、これは結構やっかいなのよ? ちゃんと対応しないと何かあったとき、警察の責任を問われるし、かといって警察だって初めは相手に警告することしかできない。被害者の自作自演の可能性もあるし、長引く可能性もある」


 さすが西山はよく考えている。常磐は思ったが、それだと少し困るのだ。


「すみません、お姉さん」


 灯の声に西山は振り返る。


「なあに?」

「お名前、伺ってもいいですか」

「ええ、西山よ。西山 夕希」

「西山さん。警察の立場は分かります。ただ、実は相手が誰なのかも分からないんです。なので警告することはできません。それに付きまとい行為なので、具体的にどんな被害を受けているかの証拠を提出することもできません。もしかしたら、私の気のせいなのかもしれません。それでも、それならば、それを確かめたいんです。それだけなんです。そうすれば、私も安心できます。お願いです、西山さん」


 西山の名前を口にしながら、灯は頭を下げた。

 この作戦を立てた際、霧藤がしたアドバイスの一つが、ストーカーの被害者を装おうとするあまり、恐がったり感情的になりすぎないこと、だった。

 それは同情心を誘うよりも、自意識過剰なのではという不信感を与えかねない。

 灯の演技は良くできていた。

 気が強そうな、それでいて美しい見た目も手伝って、ストーカーの被害に怯えながらも気丈に振舞う健気な少女の様子は、それが演技だと知っている常磐でも同情したくなるほどだった。


「西山さん」


 灯は迷っている様子の西山に、もう一度その名前を呼ぶ。

 これも霧藤のアドバイスだ。

 協力者、手助けが欲しい場合には、『誰か助けて』ではなく、『そこのあなた助けて』『○○さん、助けて』といったように、その人物を呼びながら頼むといい。

 『名指し効果』といって、それまでは他人事だったことが、名前によって繋がりを生じ、自分が何かをしなければいけないのだと感じるようになるそうだ。


「学校の委員会で遅くなる日に、誰かに付けられている気配を感じるんです。明日がその日です。だから、ストーカーを確かめたいと思って、知り合いの常磐さんに頼んでいたんです」


 西山は具体的な話に、小さく息を吐いた。


「分かったわ。但し、私も付いて行くから」

「宜しくお願いします」


 灯は頭を下げた。


 常磐と灯が立てた計画はこうだ。

 灯が囮となって常磐の夢に出てきた男の正体を確かめるという、単純すぎて危険なものだった。

 男が実際に手を出してきたのなら、そこを捕まえることもできる。そう言った灯は、むしろそうなって欲しいと思っているようだった。


 そして、それは実際にそうなったのだった。



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