第四章・2
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「ねぇ、今からカラオケ行かない?」
クラスメイトの少女の一言に、灯は小さく肩をすくめる。
「私、やめとく」
「えー? 前から思ってたけど、灯って付き合い悪いよね」
灯の返事に、その小柄な少女は口を尖らせて後ろについて歩く、他二人の少女にも同意を求める。
「うん。そういえば最近、私もあんまり灯と外で遊んでない」
「でしょお? ねぇ、たまにはいいじゃん。行こうよ灯ー」
甘えたように言って、灯の腕に自分の腕を絡ませる友人に、灯は少し苛つく。
図書委員の仕事を終えて、鍵を職員室に返した後、廊下でたまたま会った三人に、しまったとは思っていたのだが。
灯はこのグループと、学校内ではいつも一緒に行動しているのだが、学校の外ではほとんど会うことはなかった。
「よーし。さあ、行こう!」
強引に灯の手を引く少女はマヤと言って、グループの中でもリーダー的な仕切りやだ。華やかで愛らしい顔立ちをしたマヤは、クラスでも目立つ存在で、他の二人がマヤの意見に反対したところを、灯は見たことがない。
「今日は本当に……」
手を引かれながら、灯は断る口実を探してふと校門に目をやり、足を止めた。
「ちょっと、灯? どうしたの」
急に立ち止まった灯に、引いていた手を離してしまったマヤが不満そうに訊くと、灯は突然、校門に向かって駆けて行ってしまった。
「灯ー?!」
呼ぶマヤの声を無視して、灯は校門にもたれるようにしゃがんでいる人物の前に回りこんだ。
「お疲れ」
そう言って立ち上がったその人物は、やはり鈴だった。灯は驚きに丸くした目で鈴を見る。
「鈴様……なんで……」
「迎えに来た」
「迎えって……」
そして、隠れているつもりなのか、大きな体を縮めるようにして、門の脇の壁に貼りついている常磐に気づく。
「あんた……」
鬼のような形相で睨む灯の剣幕に、常磐は逃げ出したくなった。
「灯ー。どうしたのぉ」
マヤの少し怒ったような声がして、灯は振り返った。
「……誰? 灯の知り合い?」
「そう……だけど……」
「こんばんはー。私、マヤっていいますー」
マヤは鈴と常磐を、好奇の色を含んだ目で見た。
言葉を探している様子の灯に、常磐もどうしようかと悩む。鈴と灯の関係は知らないが、自分は刑事だ、などと名乗ったりすれば、ありもしない可笑しな噂が広まりそうだ。
すると、鈴が灯とマヤの間に立った。
「こんばんは。俺、鈴って言います」
鈴はマヤたちに丁寧な挨拶をすると、にっこりと微笑んだ。
常磐は思った。その笑顔……どこかで見たことがあるぞ。
「灯姉ちゃんとは、従姉弟なんです」
穢れの一切ない、はきはきとした耳に心地よい落ち着いた声……で、堂々と嘘をつく鈴。
「今日はうちのお母さんが、灯姉ちゃんのお母さんに用があるって……。話がまだ長引きそうだったから、じゃあ、灯姉ちゃんを迎えに行こうかなって。ね、兄ちゃん」
鈴が常磐の方を向いて言った。
「え?! あ、うん。そ、そう! そう……なんだよ」
急なフリに常磐はどもる。
マヤが常磐を見るが、その目は明らかに「兄弟? 似てないわね」と言いたそうだった。
「だけど……」
鈴は沈んだ声になり、少し目を伏せた。
「お姉ちゃんたち、今から遊びに行くんだよね? ごめん。俺、迷惑だった?」
後ろの灯を一度見てから、今度はマヤの顔を困ったようにじっと見つめる。
するとマヤは、少し顔を赤らめたかと思うと、鈴から目を逸らし、
「灯、私たちもやっぱり今日は帰る。また今度ね」
そう灯に言って、鈴に「じゃあね鈴君」と、にっこり笑いかけ、他の二人を促して行ってしまった。
鈴はマヤたちに向かって、笑顔で手を振っていたが、その姿が見えなくなると、疲れたように溜息をついた。
「……朝日奈さん、すごいですね。 なんだかしつこそうな女子高生が、すんなり引き上げてくれましたよ」
感心する常磐の声をさえぎるように、灯が鈴を問い詰める。
「鈴様、どうしてこんなところまで?」
「言ったけど。迎えに来たって」
「だから、どうして……」
灯はきゅっと一度唇を結ぶと、次にキッと常磐を睨んだ。
「あいつが何か言ったんでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
「どうして? あいつがどんな夢を見たって、関係ないって、鈴様も言ってたじゃない」
責めるような灯の口調に、鈴が視線を落とす。
「関係なく、なくなった」
「え」
「常磐さんの夢に灯が出てきた」
鈴の言葉に驚き、目を見開いた灯だったが、
「鈴様?」
視線を落とした鈴が、頭を垂れるようにうつむきだしたのを見て、心配するように鈴の名前を呼んだ。
「ごめん、こんなはずじゃ……」
小さな声で言うと、鈴は両手で顔を覆う。
「朝日奈さん!」
鈴の様子に気がついた常磐が、鈴に手を伸ばしたとたん、鈴の体から力が抜け落ちる。とっさに出した左腕に、小柄とはいえ完全に力の抜けた体は重たく、治ったばかりの傷に響いた。
「鈴様!」
灯が鈴の様子を調べると、スウスウと小さく規則正しい寝息が聞えてきた。
「眠っちゃったみたいだね」
「ちょっと、汚い手で鈴様に触らないでよ」
灯の言い様に、常磐も少し頭にきて言い返す。
「でも、朝日奈さんを連れて帰らないと」
「私が連れて帰るわよ!」
すぐに言い返した灯に呆れる。……そんなに嫌か。
確かに鈴は小柄だし、灯よりも軽そうなのだが。
「君にそんなことさせたら、目が覚めた朝日奈さんに、俺、怒られそうなんだけど……」
「知らないわよ。そんなこと。怒られればいいじゃない」
「そ、それに、朝日奈さんだって、女の子におんぶとかされるのは、やっぱり恥ずかしいと思うし、嫌なんじゃないかな」
鈴が嫌がるという言葉に、灯が少し迷う。
「朝日奈さんは子供扱いされるの嫌いだし。ましてや、男なのに女の子におんぶなんてね」
ここぞとばかりに言う常磐。
「分かったわよ。……途中で落としたりしたら、ぶっ飛ばすから」
女の子とは思えないぶっそうな事を言って、灯は渋々、常磐が鈴を背負うのを手伝った。