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雷の子は、空を識る  作者: かつお武士
第1章 旅立ち
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第7話 宵闇と時光

森の奥深く、湿った空気が肌を撫でる中、エズレンは一人、雷の魔法を試し続けていた。


指先に宿す小さな雷光――“雷閃(サンダークラック)”。それを放つたびに周囲の空気が微かに震え、放電の匂いが鼻をかすめる。


「……もう少し、出力を抑えれば……」


呟くと同時に、また指先から淡い光が弾けた。前よりは制御できている――はずだが、どうにも手応えがつかめない。


しかし、その繰り返しに呼応するかのように、見慣れない存在が現れる。


透ける身体に雷光を帯び、小さな狼のような形をしている――下級雷霊フルグリスだ。


 「……精霊?」


本で得た知識と目の前の存在を結びつけるのに、しばらく時間がかかった。なにせ精霊は人間に滅多に姿を見せない、と言われている。だが、彼の周囲には次々と現れ、戯れるように舞い始める。


その様子に戸惑いながらも、恐る恐る手を差し伸べると、好奇心旺盛な一匹が彼の指に止まった。微かな静電気がくすぐったく、思わず口元がほころぶ。


「懐いてる、のか……?」


不思議な感覚だった。雷を好む彼らに、選ばれたような――そんな心地すら覚える。


しかし、その穏やかな時間は、突然破られることとなった。



ガサッ――


不穏な音が、深い森の静寂を引き裂いた。


茂みから姿を現したのは、異様な魔獣。

黒くねじれた角に、異様に発達した四肢。爛々と輝く赤い瞳が、じっとこちらを見据えている。


(……まずい…)


エズレンは息を呑み、思考が止まる。

魔力の扱いに未熟な彼には、これほどの存在と対峙する準備はなかった。


魔獣が低く唸り、エズレンを目掛けて一気に跳躍する――


「“闇鎖(ダークバインド)”」


冷たい声とともに、黒鎖が虚空から顕現し、魔獣の四肢を絡め取った。


「……っ!?」


驚くエズレンの視線の先に、黒衣を纏った青年が立っていた。

深紅の瞳が闇の中で怪しく光り、周囲の空気が一瞬で張り詰める。


状況を把握しきれないまま、エズレンは動けなかった。


「動くな、愚か者」


魔獣を睨みつけながら、闇色の青年は小さく鼻を鳴らし、僅かに口角を歪める。


「魔界の住人が人間界へと現れるだけでなく――この俺を前にして退かぬとは……何とも愚鈍な奴だ」


嘲るような独白が、森の静寂に響いた。


「油断しないで、イグ」


涼やかな声が、もう一つ。

光を集めたような蜂蜜色の金髪を靡かせ、もう一人の青年が歩み出る。


「“時環の檻(クロノケージ)”」


光を纏う青年が指先で空に円を描くと、淡く輝く檻が魔獣の周囲に形成された。

まるで時間を停滞させるかのような結界が、魔獣の動きを鈍らせる。


「…これでも完全には止められないか、厄介だね」


エズレンは、ただ呆然とその光景を見つめていた。


(――これは魔術...じゃないよな?)


ゼスのもとで暮らす間、膨大な量の魔術書を読み漁っていたエズレンには、彼らが操る力はどの魔術理論にも該当しないと思われた。


(何者なんだ、この人達……)


イグ、と呼ばれた青年が舌打ちをしながら、さらに黒鎖を強化する。


「...チッ、おいリウ!こいつは“ファントム”の変異個体か何かか?」


イグは低く呟き、魔界に存在する下級階層の亡霊のような魔物を思い浮かべる。

だが、魔獣は常識を超えた力で鎖を引きちぎらんと暴れ続けている。


「いや……こいつ、様子がおかしいね」


リウ、と呼ばれた青年はさらに注意深く観察し、何かに気づいたように瞳を細める。


魔獣から漂う瘴気と、異様な魔力の流れ――それは単なる魔界の魔物では説明できない。


「……これ、フェルヴィスだ」

「フェルヴィス?」


エズレンが思わず声を漏らす。


リウはエズレンを一瞥し、魔獣を注視しながらも冷静に説明を始めた。


「フェルヴィスは獣の特性を持つ種族で、俊敏さと鋭敏な五感を誇る存在だよ。彼らは自由奔放で、本能に従って生きる。特に風や火、そして雷の精霊に引き寄せられやすいんだけど――」


その言葉と共に、エズレンに2つの視線が向く。


「...なるほどな」


イグの冷たい声と視線に、エズレンの心臓が跳ねる。


(……雷の精霊?)


自身の周囲を漂う、精霊達の足跡(フェアリートレイル)――先程まで戯れていた精霊たちの残滓が、宙に残っているのに気がついた。


「君の周囲にある精霊達の足跡に、あいつが反応したみたいだね」


リウが続ける声は、確信に満ちていた。


「……僕のせい、ですか?」


エズレンは動揺し、唇を噛む。


「いや、責任を感じる必要はないよ。精霊は自由な存在だからね。けど、堕ちた精霊に取り憑かれた者は別だ。放っておけば厄介な事になる」


(...堕ちた精霊?何の事だ...?)


エズレンの思考を断ち切るように、リウが不意にこちらを振り向いた。

彼の視線は、エズレンの周囲に漂う精霊達の足跡とは別の、魔力の残滓を捉えていた。


「……ねえ、君。もしかして雷の魔術が使えるの?」


僅かに期待を孕んだ声色で、優しく問いかける。


しかし問われたエズレンは、小さく首を振る。


「...あ、いやでも、戦いには……未熟で」


未だ力の制御には自信がない――エズレンは言葉に詰まりながらも正直に答えた。


リウは残念そうに微笑む。


「そう……ちょっと残念」

「戦う気が無ぇなら黙って見てろ」


冷たく言い放つイグ。しかしその声色の冷たさとは裏腹に、彼は好戦的な笑みを浮かべていた。


「...イグ、また悪い癖が出てるよ」

「あ?知らねぇよ、こいつは俺の獲物だ」


イグは黒鎖を操りつつも、焦りを隠せない。拘束を強化し続けているが、魔獣はなお抵抗を止めなかった。


リウはその焦りを看破したように問いかける。


「イグ、どうするつもり?」

「……まぁ、相性はあんま良くねぇな」


低く呟く声に、苛立ちが滲む。

黒衣がひるがえり、彼を中心に闇が渦を巻く。


イグの指先に凝縮された漆黒の魔力が、一層濃くなり――闇と血の色が混じり合う槍が顕現し、フェルヴィスの胸を貫く。


「――消えろ、“闇血の槍(ブラッディスピア)”」


冷酷な一言とともに、フェルヴィスは断末魔を上げ、闇に呑まれて崩れ落ちた。


その瞬間、戦場に満ちていた瘴気が霧散する。


イグは魔力を収め、忌々しげに息を吐いた。


「……まぁ、準備運動くらいにはなったな」

「またそんな格好つけちゃって。ちょっと本気出したでしょ?」


張り詰めていた緊張の糸が解ける。


戦いの終わりを感じたその刹那――再び、小さな雷光が舞い始めた。


逃げ去ったはずのフルグリスたちが、エズレンのもとへと再び集まり、懐くように彼の周りを巡り始める。


その様子を見たイグとリウは目を見開き、改めてエズレンに目を向ける。


「……やっぱり、君は普通じゃないみたいだね」


興味を隠さぬ様子で、リウが言葉を継ぐ。


イグも無言でエズレンを値踏みするように見つめる。


(――この少年、何者だ?)


三人の視線が絡み合い、またもや静かな緊張が場を支配した。

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