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雷の子は、空を識る  作者: かつお武士
第1章 旅立ち
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第5話 雷に選ばれし者

嵐の夜が過ぎ去り、朝の光が村を照らし始めていた。昨夜の雷の爪痕は、至る所に残っている。焼け焦げた地面、裂けた木の幹、砕かれた岩盤――それらを見つめる村人たちの間には、言い知れぬ不安が広がっていた。


「まさか賢者様の弟子がな……」

「あんな力を持っていたなんて……」

「...あれは普通の雷じゃない。……まるで、神話に出てくる“魔法”のような――」


ささやき合う声には、驚きと恐怖が混じっている。


賢者様とその弟子が村から遠く離れた森の奥深くで暮らしている、という話は以前から噂されていた。たびたび村へとやってくる賢者様とは違い、弟子という少年が村人たちに姿を見せたことは1度もない。だというのに、昨日突如村の祝祭へと現れ、少女に連れ回されていたかと思えば、儀式の最中、響く轟音。

誰もが馴染み深い魔術とはまるで異なる、触れることすら憚られる異質な存在――それこそが「魔法」。


エズレンの存在が、彼らにとって別次元のものに思えたのは無理もなかった。


「あの雷がもし村に落ちていたら……」

「俺たち全員巻き込まれてたかもしれねえ!」


 言い争いが激しくなりかけたそのとき、村の方から走ってきた青年が勢いよく叫んだ。


「リサが目を覚ましたぞ!」




広場に現れた少女は誰かを探しているように、周囲を見回す。

少女――リサは、まだ顔色こそ悪かったが、意外なほどしっかりとした足取りで村人たちの前に立った。


「リサ、大丈夫なのか?」


誰かが恐る恐る声をかけると、リサはこくんと頷いた。


「うん、平気! もう全然痛くないよ!」


まるで何事もなかったかのように笑う彼女に、村人たちは息を呑む。


「……本当に、大丈夫なのか?」


誰かがぽつりと呟くと、リサは大きく頷いた。


「そうだよ!」


幼い声が、はっきりと広場に響く。


「だって、エズレンが私を助けてくれたの!」


村人たちは目を見合わせる。昨日見たあの凄まじい雷の光景と、少女の言葉はどうしても結びつかなかった。


「いや、でも、あの雷は……」

「...エズレンはどこ?」


リサは小さな拳をぎゅっと握りしめ、言葉を重ねた。


「あのね、私怖くなかったの! エズレンが来てくれて、眩しくって、でもふわぁって暖かくなって…」


その記憶を思い出すように、瞳を輝かせる。


「それから...気づいたら、ぜーんぶ痛くなくなってたの!」


子供の無邪気な言葉に、大人たちは息を呑む。


リサが怪我を負ったあの丘は常に足場が悪く、夕暮れ時になると村の大人たちもあまり近寄らない。もし足を滑らせると、剥き出しとなった岩壁に打ち付けられながら落ちていき、重傷を負うことになる。それこそ、大人でも治癒術で完治するまでに5日は要するような――


「そんな……魔術じゃ、ありえない……」

「……まさか、本当に魔法、だったのか……?」


ぽつりと漏れた声に、広場の空気が変わった。魔法――ごく限られた者しか使えない奇跡。

村人たちは、あの静かな少年が驚くべき力を秘めていたことに気が付き――自らの過ちに気づき始める。


「…もし、彼がいなかったら、リサは…」


老人の呟きに、誰も否定できなかった。


「でも、あの力が暴走したら…?」

「…あの少年が助けてくれたんだぞ!」


村人たちの間に、恐れと感謝が複雑に交錯する。


リサは言い合う村人たちの様子をどこか遠くに感じながら、エズレンがすでにこの村から去ったことを察する。


「お礼、言いたかったのにな...」


少女の小さな手に包まれた2粒の星爆果せいばっかに、大きな亀裂が入っていた。



エズレンはゼスの書斎で、膝を抱えるように壁に背を預け座っていた。


自分が望んで使った力が、村人たちを怯えさせたことが、どうしても頭から離れない。


「……僕は、何を間違えたんだ...」


あの瞬間、確かに感じた――体の奥から湧き上がる雷の奔流。けれど、それは激しさだけではなく、リサを包んだ光は温かく、優しかった。


(…あれが、本当に僕の力?)


呟くようなエズレンの問いかけに、この書斎の主――ゼスは沈黙したままであった。やがて、彼はゆっくりとエズレンの隣に腰を下ろす。


「間違いではないさ。お前は確かにあの少女を救った。それが事実だ」


その言葉に、エズレンは目を伏せる。


「でも……もし、僕の力が暴走していたら、村ごと消し飛ばしていたかもしれない」


初めてゼス以外の人と話した。

あの事故のなかで、初めて魔法を成功させることが出来た。だが、何度も失敗を繰り返し、ようやく成功させた。

失敗の痕跡を見た村人たちが、僕は村を脅かす存在であると、彼らに追われるようにここまで逃げてきた。もう村へ訪れることは出来ない。


「ならばこそ、学ぶべきだろう」


ゼスの声が、いつになく厳粛な響きを帯びる。


「己の力を恐れるな、エズレン。理解できぬものに怯え、目を背けていては前に進めない」


エズレンは唇を噛む。


「……どうして、あの時、魔法を使えたんでしょうか」


ゼスはそっと震えるエズレンの肩に手を置いた。


「本当は、お前にこんな力を背負わせたくはなかった……」


低く呟くゼスの声には、先程までの厳粛さはなかった。


「それでも……お前は、運命から目を背けるような子ではないからな」


「……もし、この先誰かを傷つけてしまったら?」

 

エズレンは拳を握りしめ、目を伏せる。

力の暴走を抑えきれず、周囲に迷惑をかけてしまうのなら、いっそこの森から出ないほうが、誰も傷つけないのでは――そう思ってしまう。


ゼスがエズレンの肩をそっと押し出すように、微笑む。


「エズレン、お前は雷に選ばれた子なのだ」


唐突な言葉に、エズレンは驚いたように顔を上げる。


「雷に……選ばれた?」


「ああ。お前には特別な血が流れている。雷神に連なる血――その力が、身体の成長と共に目覚めつつあるようだ」


(雷神...?)


ゼスの言葉はまるで核心を避けるかのようだったが、その眼差しには揺るぎない確信が宿っていた。


「僕は……」


エズレンはそっと胸に手を当てる。昨夜、リサを助けたいと願ったとき、確かに感じた何か――それは今までとは明らかに違う、温かな雷の力。

あの時はただリサを助けたい――ただその一心だった。だからこそ、あのときだけは自身の魔力を怖がらなかったのかもしれない。


このままではいけないのかもしれない。外の世界を知らず、一生この森の中で暮らすだけでは――この力の正体を知りたい。恐れず、向き合いたい。


エズレンは静かに立ち上がった。


「……旅に、出ようと思います。僕は、この力とちゃんと向き合いたい」


その決意に、ゼスはまた穏やかな顔で頷いた。


「よく言った、エズレン。ならば行くがいい。お前が知るべきものは、この森の外にこそある」


外に出ると、雨雲はすっかり晴れ、朝陽がまぶしく輝いていた。


その光に導かれるように、エズレンは新たな一歩を踏み出した。





「雷に選ばれた子……その力は祝福か、あるいは――」


書斎に残る静寂の中、ゼスは一冊の古書を手に取った。

そこには、かつて世界を揺るがした“雷の御子”の伝承が記されていた。

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