表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷の子は、空を識る  作者: かつお武士
第1章 旅立ち
24/42

第22話 残響の只中で

濃密な雷の残響が、森の奥深くまで木霊していた。

静寂に戻りかけた大気を、なおも焼け焦げた匂いが支配する。刻まれた雷の痕跡は空から消え去っていたが、大地にはいまだ熱を孕んだままの亀裂が走り、灰燼と化した魔獣の残骸が辺りに点在している。


「……今のは、一体……」


領主が呆然と声を漏らした。手にしていた剣が、気の抜けたようにだらりと下がる。

焦げ跡に目を奪われたまま、動けずにいた。


「落ち着いて。今の雷は敵じゃない。…もう、居ないけど」


答えたのはリウィアン。

淡く光を宿す瞳が、なおも空の一点を見据えていた。まるで、そこにまだ何かの気配が残っているかのように。

その声には静けさがあったが、芯に潜む緊張は明らかだった。


一拍。風が木々を揺らし、焦げた枝葉の破片がぱらりと落ちる。


その中で、エズレンが一歩、前へと足を運んだ。


(今なら……)


危機は過ぎ去った。そう思えたからこそ、彼は心に引っかかっていた疑問を、ようやく口にする決意を固めたのだ。

ずっと気になっていた、しかし緊迫した状況では問うことすら憚られた。だが、今なら答えを聞ける――そう思って。


空気を読むように、慎重に。そして、意を決したように口を開く。


「……リウィアン。その……“堕ちた守護者”と“堕ちた精霊”って、何か関係が――」


言葉の途中。

リウィアンの指先が、白くしなやかにエズレンの眉間を突いた。


「此処では話せない」


低く、抑えられた声。だが、その圧は空気を震わせるほど強い。

その瞳がふいに周囲の森へと鋭く向けられた。刹那、何かが走り抜けたような感覚が、辺りの温度を下げる。


「奴らは、自分の存在を認識された瞬間に動き出す。…この場で多くに語るのは、危険すぎる」


静まり返る空間に、冷気のような緊張が染み込んでいく。その言葉に調査隊員や騎士たちは息を潜め、言葉もなく立ち尽くす。


エズレンは眉間に残る感触を指先でそっとなぞった。


(聞いてはいけない話だったのか……でも)


あの一瞬、リウィアンの指先に込められたのは拒絶ではなく、警告だった。


だからこそ、わずかに広がった不安と同時に、それを信じたいという想いが、静かに根を張っていく。


その中で、イグナシウスがわざとらしく舌打ちし、肩をすくめた。


「……やっぱ()()()()

「イグも気づいた?」


リウィアンが振り返ると、彼は鼻をしかめて応える。


「瘴気の匂いが濃すぎるんだよ。あれは隠す気ねぇだろ。タイミング的にも、狙ってきたに決まってる」

「……やっぱり、そうだよね」


二人の視線が、混乱の色を隠せずにいる領主へと向かう。なおも状況を掴みきれないままの彼は、眉を深く寄せ、声を荒げた。


「待て、君たちだけで話を進めるな。――つまり、この地を襲ったのは、私を狙ってのことか?」

「……貴方が、ここへ来るよう仕向けられた可能性もある」


リウィアンの声音は淡々としていたが、その言葉には揺るがぬ確信が滲んでいた。


「元凶は、まだこの地に潜んでいる。多分、まだ目的を果たしていないから」

「目的……だと?」


領主の視線が鋭さを増す。だが、それにも臆することなく、イグナシウスが肩を揺らしながら応じた。その視線はふと、領主の左手へと落ちる。


指先に嵌められた古めかしい指輪が目を引いた。金でも銀でもない、どこか虹色にきらめく金属で形作られ、その中央には星霧を封じ込めたような石がはめ込まれている。光の加減で色を変え、まるで内側に命が宿っているかのような――


「…その指輪、妙な気配がするな。特に石の――」

「……っ!」


領主の口から言葉が漏れかけ、すぐに詰まった。一瞬、反論しようとしたのか、それとも隠し通せないと悟ったのか。


「……場所を変えるぞ」


その声には、もはや否定の余地はなかった。





天幕の中は、焚き火の灯りすら遠く、静まり返っていた。

布越しに差し込む薄明かりが、揺れる影を織りなし、重苦しい空気の中に四人の影を浮かび上がらせる。


天幕の外では、騎士たちが警戒の陣を敷いている。領主の副官の指示により、調査隊も各々の拠点へと移動していた。彼らには、この場で行われる密やかな対話の内容など知る由もない。


「……さて、時間が惜しい。手短に情報を共有してもらおうか」


領主の声は落ち着いていたが、その底には怒気と焦燥が滲んでいた。


「俺らから話せって? 隠し事が多いのはお互い様だろ」


イグナシウスが気怠げに返す。腕を組み、相手を値踏みするような目つき。

その隣で、リウィアンはひとつ息を吐き、まっすぐに領主の瞳を見据えた。


「聞いた瞬間から、貴方には危険が付き纏う。それでも、真実を知る覚悟はありますか?」


その声音には、問いかけの形をとりながらも、ほとんど“選択肢”など存在しないことを告げるような、冷ややかな圧が宿っていた。


(……僕は、この場にいていいのだろうか)


エズレンは心の内に生じた疑念を呑み込み、ただ静かに息を潜める。目の前で交わされる言葉の一つ一つが、世界の深層を覗き見るような重さを孕んでいることを、彼は感じ取っていた。


そんな中、領主はわずかに姿勢を正し、語り始めた。


「我々は長年この地において、魔族の侵攻を退けてきた。アルヴェナ大陸の最前線としての誇りと責務、その重みは理解しているつもりだ。今さら背負う危険がひとつふたつ増えたところで、何も変わらん。それに――」


彼は一度言葉を切ると、金色の瞳に静かな意志を灯し、凛とした声で続けた。


「先刻、我が身を狙われたというのに、“それ”の姿すら捉えられなかった。この状況にあって、自らを無関係と評することなど、出来はしない――私は当事者だ。ならば、知る責任がある」


その眼差しは、静かなる威風を纏った獅子のようだった。吠えることなくして支配する――そんな王の沈黙を思わせる威圧が、空気を震わせる。圧倒的な気魄に、常人ならばひれ伏すしかない――しかし


「……なるほど、悪くないね」


リウィアンは微笑を含んだ声でそう言った。

その表情は、まるで下界の覚悟に“合格”を与える天上の存在のようで――僅かに温度を持ちながらも、どこか遠かった。


「ま、一応仕事だしな。何話すかはリウが決めろ」


イグナシウスが全てを任せるように言い放つ。

無造作に腰を落とし、長い脚をゆるやかに組む。その仕草は無頓着でいて艶やかで、まるで絵画の一幕のようだった。


(貴族に対する態度じゃない…)


エズレンの胸の奥はざわついていた。二人の領主に対する無礼とも取れる振る舞いに、咄嗟に息が詰まる。


けれど、領主本人にそれを咎める様子はない。


「まず、一連の異変についてだ。元凶は、精霊達が我々へ向けた怒り…なのか?」


領主の問いに、リウィアンは指を組み、少しだけ考えてから口を開いた。


「半分正解、半分はハズレ。――あれらは、もともと精霊だった」

「……“だった”?」


リウィアンは軽く息を吐いた。語るべきことを淡々と整理するように、一拍の間を置く。


「詳細は省くけど、今はもう精霊とは呼べない。あれは本能的に魔素を必要としている。この世界に留まるためには、膨大な魔素を吸い続けなければならないから」


天幕内の空気が、また一段と冷えた気がした。


エズレンと領主が息をのむ中、リウィアンは視線を領主の左手へと向ける。


「領主様を狙った理由は、恐らくその指輪。着けてる所を見たのが初めてだから、すぐ気づかなかった。それ、何かの“礎”になってるみたいだ。かなりの年代物で、相当の魔素を含んでるように見えるね」

「……目眩しの術がかかっているというのに、まさか見抜くとはな」


領主は唸るように言った。


「これは初代当主から代々、我が家に受け継がれてきたものだ。“これを失えば、未曾有の災いが訪れる”――そう伝えられている。だが、それが何を守っているのかは……私にも分からない」


重々しい言葉の余韻が空間に染み渡り、誰も軽々しく口を挟めなくなる。

静まり返った室内に、ほんの僅かに空気の揺らぎが生まれたのは、リウィアンがふと何かを呟いたからだった。


「…なるほど、祝福の気配に馴染みすぎて、感覚が鈍ってたんだ。普通の精霊じゃ近づけもしないはずだ」


誰に向けたでもない、独り言のような声。

だが、それがかえって不気味だった。まるで答えを知っている者の、確信に満ちたつぶやき――。


「おいリウ、何ぶつぶつ言ってんだよ」


イグナシウスの声が遮るように響く。気の抜けたやり取りにすら見えるそのやりとりに、場の空気がわずかに緩んだ。


「え?ああ、ごめん。この話は後にしよう」


リウィアンが肩をすくめる。だが、彼の目に浮かぶのは余裕すら感じさせる光。


対照的に、場を掌握しようとする領主のまなざしには、張り詰めた鋼のような緊迫が滲んでいた。


時間を惜しむ者の静かな怒気が、無言のうちに二人へと向けられる。


「……“奴ら”への対処法は?」


低く、押し殺した声。

空気がぴんと張り詰める。


リウィアンは迷いなく、短く応じる。


「――ある」


そう言った彼の視線が、まっすぐにエズレンへと向けられた。


「魔素の濃い場所には、奴らが自然と集まる。その性質を利用すれば、誘き出すのは難しくない」


続いて、イグナシウスが一歩、前に出る。


「俺とリウは、似たような奴らとは何度もやり合ってる――が、」


言いながら、イグナシウスはわずかに笑い、続けた。


「俺らの得意属性じゃ、奴らを完全に浄化するのに向いてない。……おい、エズレン」


その名が呼ばれ、エズレンははっとして顔を上げた。


「お前なら、奴らを浄化できるんじゃないか?」


その言葉は、まるで運命の歯車が動き出したような響きを持って、天幕の中の空気を決定的に変えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ