表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷の子は、空を識る  作者: かつお武士
第1章 旅立ち
14/42

第13話 静寂と狂騒

エズレンの背中が教会の奥へと消えていくのを見届けながら、イグナシウスは僅かに眉をひそめた。


「……やっぱ、落ち着かねぇな」


隣を歩いていたリウィアンが、小さく笑う。


「そりゃそうだろうね。君にとっては()()()()の領域だ。異教徒扱いされても文句は言えないよ?」

「異教徒っつーか……俺は俺の神を信じてるだけだしな」


イグナシウスは肩をすくめながら、ちらりとリウィアンを見る。


「つか、そういうお前もだろ?」

「僕?」


リウィアンはほんの少しだけ目を見開いたあと、ふっと笑った。


「まぁ、確かにね。でも僕は()()()()だから」

「……はぁ?」

「なんでもないよ」


気の抜けた返事をするリウィアンを、イグナシウスはじっと見た。

何か言いたげだったが、すぐに「ま、いいけどな」と流す。お互い深入りしないのが、いつの間にか暗黙の了解となっていた。


回廊を抜け、大図書館の一般公開エリアへと足を踏み入れる。天井まで届くほどの巨大な書架がびっしりと並び、静かな空気が満ちている。


「……で、お前はこの膨大な本に興味あったりするのか?」

並ぶ本の背表紙を一瞥しながら、イグナシウスが尋ねる。


「全然?」

「同感だ」


2人は息を揃えて本棚を振り返り、そして同時に踵を返した。元々ここへやって来たのも、エズレンに同行するための言い訳に過ぎない。


「……よし、行くか」

「うん、どこへ?」

「外」

「そうだね」


まったく本を手に取ることなく、大図書館から退出。そのまま広場へと向かいながら、イグナシウスがふと呟く。


「エズレンがいたら『せっかくの機会だから』とか言って読書始めてたんだろうな」

「間違いないね」


そんな他愛もない会話をしながら、広場へ向かった2人だったが――そこで違和感を覚えることになる。


石畳の上、静かに祈りを捧げるローブ姿の集団。その額には奇妙な印を刻まれた――聖印の使徒。


昼間にも見かけたが、その異様な雰囲気に思わず足を止める。


(……やっぱり、何かおかしい)


リウィアンは視線を巡らせた。

以前、別の街で見た彼らは、独自の教義を信じ、神の言葉を騙る者たち、程度の認識だった。

しかし、今夜の彼らの動きには違和感がある。

祈りの声は震え、焦点の合わない瞳が宙を彷徨う。まるで、"何か"に操られているかのように——


不穏な空気を察し、リウィアンの胸に微かな警戒が生まれる。


「……妙だね」


その言葉と同時に、異変が起きた。


使徒の一人が突然、頭を抱えてうめく。次の瞬間、近くにいた通行人へと襲いかかった。


悲鳴が広場に響き渡る。


次々と立ち上がる使徒たち。ぎこちない動作で周囲に手を伸ばし、まるで意思を持たぬ人形のように、人々を無差別に捕らえようとする。


——理性のない暴力。


イグナシウスは舌打ちした。

「おいおい、勘弁してくれ……」


無意識に拳を握りかけ——すぐに力を抜く。

ここで派手に動けば、余計な注目を集めるだけだ。


(……さて、どうする)


リウィアンと視線を交わす。


このまま見過ごすか、それとも手を貸すか——選択を迫られる状況だった。


リウィアンは静かに息を吐く。

この街には、この街の人々が作り上げてきた秩序がある。それを、外からの力で安易に変えてしまうのは——


リウィアンは思考を巡らせ――そして気づく。


(…これは、単なる暴動じゃない)


この奇妙な動き。使徒たちの様子。そして、広場に満ちる"不自然な気配"。


何かが、この場を"意図的に"乱している。

それに気づいた瞬間、リウィアンの目がわずかに鋭くなる。


「イグ」


短く名前を呼ぶ。

イグナシウスはすでに"やるしかねぇか"という顔をしていた。


「しゃーねぇ、派手にやらなきゃいいんだろ?」


リウィアンはちらりと辺りを見回し、低く呟いた。


「ここで魔法は使えない。魔術だけで何とかするしかないよ」

「……だよな」


イグナシウスは指を鳴らし、周囲に漂う魔素を操る。リウィアンもまた、静かに手を翳した。


2人は、目立たず、そして迅速に、暴徒を鎮圧するために動き出す──




時は少し遡り、禁書区画──静寂の書架にて。


音のない世界。

外の喧騒とは無縁の、重厚な静寂。天井までそびえ立つ書架が、柔らかな灯火に照らされ、静かに影を落としている。


エズレンは一冊、一冊と背表紙を指でなぞりながら、慎重に書を選んでいた。


雷神の血脈に関する記録を探し歩くも、ここは癒しの神ヴェラティアを信奉する教会。

――やはり、都合よく求めるものは見つからない。


けれど、せっかく足を踏み入れた禁書区画。機会を無駄にするつもりもなく、エズレンは慎重に書架を巡った。


幾つかの書物には封が施されていた。

特定の資格を持つ者だけが閲覧を許される、神の言葉に関わる禁書。


指先で封の文様をなぞる。

だが、触れた瞬間に微かな抵抗を感じた。


(……神官でもない僕は、開く資格すらない、か)


エズレンは小さく息を吐くと、封のない書物へと視線を移す。


──その中の一冊が、彼の目を引いた。


[ The Fallen Guardians (堕ちた守護者) ]


表紙に記されたその題名に、エズレンの指が僅かに動く。


彼はページをめくり、その内容に目を通した。


「かつて神々に仕えし者、秩序より離反せし者たち――彼らは悪魔に非ず、されど天使にも非ず――人の自由意志を重んじ、神の庇護を拒絶せし者たち――」


……神々の支配を離れた存在。


森で出会った時、イグナシウスとリウィアンが口にした言葉――『堕ちた精霊』


それが何を意味するのか、エズレンにはまだ分からない。


しかし、この書に記された『堕ちた守護者』という存在が、何かしらの関係を持っているのではないか――そんな予感がした。


ふと、視界の端に別の本が映る。


[ Elaris' Chronicle (エラリスの年代記) ]


母の名を冠したその本のタイトルに、彼は無意識に手を伸ばす――


「……?」


その瞬間。


本へと伸ばした指先が、わずかに震えた。

——見られている。


(書架の影に誰かがいる?)


しかし、目を凝らしても、書架の隙間には誰の姿もない。ただ、微かに燭台の火が揺らいでいた。


(……気のせいか?)


違和感を拭えぬまま、エズレンはもう一度、本へと手を伸ばした。


――その時。


「失礼します」


低く抑えられた声とともに、書架の向こうから神官が姿を現す。


エズレンは手を止め、静かに神官へと目を向けた。


「大司教様がお呼びです」


神官はそう言い、慎重に言葉を選ぶように続ける。


「……広場で騒ぎが起きております。旅の同行者の方々が巻き込まれているようでして…」

「…! 案内をお願いします」


低く告げ、彼は静かに立ち上がる。


開きかけた本を閉じ、書架に戻す。

エズレンは、そのまま静かに禁書区画を後にした――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ