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雷の子は、空を識る  作者: かつお武士
第1章 旅立ち
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第10話 仄光に忍ぶ者

雷鳴の余韻が消え、森には再び静寂が戻る。

周囲には焦げた草と、幾筋もの焼け跡。精霊たちが去った後にも、雷の痕跡は色濃く残っていた。


「……帰った、のか…」


エズレンは小さく息を吐き、未だ指先に残る微かな痺れを感じながら、自らの手の甲に刻まれた雷の紋様を見つめた。


(まさか、上級雷霊が来るなんて……)


精霊召喚に手応えはあった。だが、まさかあれほどの存在が現れるとは思っていなかった。

上級精霊は誇り高く、人間ごときが軽々しく呼び出せる存在ではない――それは魔術理論を学ぶ者なら誰もが知っている常識だ。


『雷神アストラグスに連なる血』――ゼスから告げられた言葉が脳裏をかすめる。


(……本当に、この力は何なんだ?)


畏れを抱くべきか、誇るべきか――未だに答えは見つからない。


「……マジかよ……」


呆れ混じりの声が、思索に沈むエズレンを現実に引き戻す。

イグナシウスが腕を組み、苦々しい顔でこちらを見ていた。


「すごい、すごいよエズレン!」


対照的に、リウィアンは興奮を隠し切れず駆け寄ると、両手を握りしめて笑顔を向ける。


「上級精霊と契約するなんて、大神官でも生涯で一度あるかどうかだよ! 本当に君、何者なの?」

「……僕にも、何が何だか……」


エズレンは困惑し、視線を落とす。

そんな様子に、イグナシウスは肩をすくめ、リウィアンはますます興味を深めるように目を輝かせていた。


――しかし、突如として空気が変わった。


冷たい瘴気が風に混じり、周囲に目に見えぬ圧が満ちる。


「っ……!」


リウィアンが誰よりも早く異変を察知し、即座に手を振る。金色の盾が空中に描かれ、輝きながら三人を包み込んだ。


時護の盾(テンポル・アエギス)!」


時間の流れを歪め、外部からの干渉を遅延させる防御魔法――この結界を突破できる存在は、そう多くはない。


「……誰だ」


低く呟いたイグナシウスは、牙を剥く獣のような気配を漂わせる。

自分より格上の――圧倒的な存在を感じていた。


「――ほう。気づいたか。」


やがて、闇が揺らぎ、ひとつの影が姿を成す。


そこに現れたのは、異質な存在感を放つ男だった。

銀色の髪は滑らかに流れ、毛先に向かうほど毒を孕んだような紫へと変わる。光を吸い込むほど深い漆黒の瞳が、冷たくエズレンたちを見下ろしていた。

その姿はまるで、世界の理から逸脱したかのように不確かで、空間に溶け込むような違和感を残している。


「異界の扉が開く気配に誘われて来てみれば……まさか上級精霊を従える者がいるとは…」


その視線が、じっとエズレンを見据えていた。


(何者なんだ、この男……)


エズレンはじわじわと纏わりつくような男の視線に、嫌悪感と警戒心を露わにする。


「何をしに此処へ来た」


リウィアンが鋭く問うと、男は嘲るように笑った。


「…時の管理者か、忌々しい。だが、今ここで争うつもりはない」


男は指先を軽く振り、イグナシウスへと視線を移す。


「――ふん、月下の狩人(ヴェルミア)の直系までいたか。まったく、どこまでも厄介な一族だ」

「……! 何の話だ」


問い詰めるイグナシウスを無視し、男はエズレンに向かい不気味に微笑む。


「雷を従える者よ、またいずれ――」


言葉を残し、闇に溶けるように消えていった。


(……今のは、一体…?)


エズレンは未だ残る寒気を振り払えずにいた。





不穏な空気を残しつつも、三人はようやく目的地である辺境伯領イストリアの主要都市に到着した。


石造りの城壁を越え、門をくぐると、目の前には活気に満ちた市場が広がる。

焼きたてのパンの香ばしい香りが鼻をくすぐり、鉄板で焼かれる肉の音が耳に心地よく響く。色鮮やかな果物が所狭しと並ぶ露店には、旅人と地元民が笑顔で言葉を交わしていた。


「……凄い…」


エズレンは目の前の光景に、目を見張る。

ゼスと二人で過ごした静かな日々とは対照的な、人々のざわめきと熱気。


彼の視線の先では、露店の店主が威勢よく客を呼び込み、子供たちが駆け回っている。

人の温かさと強かさが混じり合うこの都市の空気は、彼にとって少しだけ眩しく感じられた。


「よし、じゃあまずは宿を探そうか!」


リウィアンが明るく声を弾ませる。


「え? まだ一緒にいるのか?」


エズレンは思わず問い返す。街に着けば、各々が自分の目的に向かうものだと思っていたからだ。

だが、リウィアンは気にした様子もなく、さっさと二人の腕を引いて歩き出す。


「一人より三人の方が楽しいでしょ?」

「ま、俺は構わねぇけど」


市場の陽気な空気にすっかり馴染んでいるイグナシウスは、興味津々とばかりに屋台を覗き込みながら目を輝かせている。


「それよりおい、これ!肉が分厚くてすげぇぞ!」

「本当だ!美味しそ〜」


彼が指さしたのは「イストリアン・グリル」と呼ばれる名物料理だった。

香辛料をたっぷり使い、分厚く切った肉を鉄板でじっくり焼き上げたそれは、見るからに食欲をそそる。


「楽しそうだな」


エズレンは呆れながらも、どこか無邪気なイグナシウスの様子に苦笑を漏らす。


「そりゃ楽しむさ。俺はやりたいことは全部やる主義なんでな!」


イグナシウスが得意げに胸を張ると、リウィアンがくすっと笑った。


「ねぇ、エズレンも何か気になるものはある?」

「いや、特には……」


言いかけたエズレンの耳に、不意に人々の小さなざわめきが届いた。


「……またか。アイツらどこにでも居るな」

「目をつけられたら面倒だ、早く行こう」


低く囁き交わす男たち。エズレンも二人と同じ方向へと視線を向ける。通りの一角で黒い布を被った集団が、何かを配っている姿があった。粗末な装束に身を包み、顔を隠した彼らは、どこか異質な空気を纏っている。


「あれは……?」

「“聖印の使徒(カルト・インシグニア)”だよ」


エグレンの問いにリウィアンが小声で答えた。


「彼らは各地で“神の真実”を説いている巡礼者らしいけど…...手荒な勧誘も多くて、トラブルが絶えないって聞いたことがある」

「へぇ、信仰の押し売りってやつか?」


イグナシウスは興味を引かれた様子で口元を歪める。


「放っておこう」


リウィアンは軽く首を振った。


「今はエズレンの目的を優先しないとね」



宿探しを兼ねて街を歩きながら、エズレンはふと考え込む。


――雷神アストラグス。

自身の力の根源を知る手掛かりは、いまだ霧の中だ。


この街にある大教会図書館には、主神に関する膨大な記録が収められているという。もし、そこに辿り着ければ――。


「そもそも教会に属さない一般人が、そんな重要な記録を見られるのか?」


イグナシウスが軽く首を傾げる。


「……分からない。ただ、特別な許可さえ取れれば可能だと聞いた」


エズレンは冷静に答えつつ、無意識にゼスから渡された指輪を撫でる。雷に選ばれた子――その言葉の真意も、未だ掴めないままだ。


「その“特別な許可”って簡単に取れるの?」


リウィアンの声音には、ほんのわずかな不安がにじむ。


「……行ってみるしかない」


言葉では平静を装っていたが、胸の奥には焦燥があった。知ることが、進むために必要だから。


そんな彼の思考をよそに、イグナシウスは変わらぬ軽やかさで歩く。


「ま、俺たちも付き合ってやるよ。どうせなら見てみたいしな、大教会図書館ってやつを」

「いいの?」

「お前を放っておいたら、そのほうが面倒に巻き込まれそうだし?」


いつもの軽口に、ふっと口元が緩む。


「……ありがとう」


考えてみれば、奇妙な縁だ。

一人では踏み込めない場所も、彼らとなら行けるかもしれない――。


そうして、三人は大教会図書館を目指し、賑わう街を進んでいく。

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