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夢の劇場シリーズ

森の短編集01

作者: 秋紬 白鴉

注意:本作はフィクションです。

夢色な設定ですので、現実の人物・動物等とは大変異なる場合がございます。

 【チキチキ障害物レース】


 ここは蛍灯(ほたるび)の森。いろいろな動物達が暮らす場所。

 暖かな陽射しが降り注ぐ昼下がり。テルは新しい遊びを考えながら歩いていました。


 テルはヨウの友達のウサギの男の子です。

 同年代で深い茶色に紅色の瞳をし、マロ眉のような白い模様が特徴。耳先や手足の先が白くて、悪戯っ子そうな吊り目をしていました。

 前髪のように跳ねた髪と同様、短いながらも所々がクセッ毛で逆立っています。


「……ん、なんだ?」


 テルは一旦考え事を止めて前を向きました。

 前方から砂煙が上がっています。それも凄い速さでまっすぐ迫ってくるではありませんか。


「ど、どいて~どいてくれなはれ!」

「えっちょ――あわわわっ」


 煙の中から声が響き、応じるまでもなく慌てて飛び退きました。

 声の主は急に止まれない様子で通り過ぎて行きます。そして数秒後、激しい激突音と共に止まりました。近くの立派な木に頭から突っ込んで。

 一連の出来事をみて、テルは痛そうだなと心の中で思いました。


「大丈夫かっ」


 今度は別の意味で慌てて駆け寄ります。

 猛スピードで走って来たのはコールダックのダコスコスでした。皆はダ―さんと呼んでいます。最近この辺りを走っているのは知っていましたが、まさかあんな速度で爆走していたなんて知りません。

 ダーさんは白と黒の入り混じった、クルリと巻いた尾が特徴の青年の男です。


「ダイジョウブれすぅ~」

「全然平気そうじゃないな」


 僅かな間ピクピクと痙攣していた彼が目を回しながら言いました。

 そういえば、まっすぐ走っていた筈なのにどうして樹木にぶつかったのでしょう。テルは不思議に思い、ダーさんが走ったと思しき痕跡を顧みます。

 土や草に刻まれた足跡は途中で急激な方向転換をしていました。


「なるほど。謎は解けたぜ」


 納得して頷きます。きっと避けるつもりだったのでしょう。

 それぞれが行動を起こした結果、ある意味で大事故になってしまったようです。


「いやぁ~ホントすんません。おっかしいなぁ、どっかで道間違えたかな。ここら辺の道は誰も通らないと思ってたんだけど……やっぱ道反れたか?」

「お、おう。気を付けなきゃダメだ」

「でものろのろ歩いてくれてたおかげで助かりやした。ちゃんと避けられたし」

「ん?」

「まだまだ上手く止まれませんだが、方向転換のほうは完璧でしたわ」

「んん?」


 一人でうんうんと納得したらしいダーさん。どこか変わった口調で話します。

 最初は相手の早口ぎみな台詞に困惑していたテルでしたが、段々と頭の中が悶々としてくるのを感じていました。


「やっぱりスピードは大事ですな! 改めてすんません」


 言うが早いか、早速走り出そうとしていた彼をテルは引き留めます。


「待て待て。今さっき事故ったばかりだろ」

「心配してくれなはれ。ワイの健脚みたでしゃろ? また華麗に避けて見せますとも。それにのろーく歩いてる方々なら止まって見えますから」


 スピードがすべてを解決すると豪語するダーさん。

 そんな彼の言動にテルの中で「違う」と何かが異議を唱えていました。あとちょっとだけ頭にも来てしまったのでしょう。激しく食って掛かります。


「あのなぁ、避けられるかは関係ねーよ。あとのろのろとかのろーくとは心外だ。本気になったらおれのほうが絶対早い!」

「誰が早いですって。日々鍛えた健脚は並なお人には勝てませんよ」

「ほほう。なら勝負しようぜ」

「望むところです。受けて立ってみせましょうとも」


 脈絡があるような、ないような売り文句で戦いは勃発したのでした。



 およそ7日の準備期間を経て、チキチキ障害物レースは開幕したのです。

 観衆が見守る中で選手達が闘志を燃やしていました。この準備期間中に、なぜかチーム戦となり、大勢を巻き込んで障害物レースへと変わっています。

 どうしてこうなったのか、誰にもわかりません。謎は迷宮入りしました。


「では、両チームを紹介いたしましょう」


 イタチの審判役が司会進行を行います。


「まずチーム:オールチキン。メンバーは……」

「おいっ、誰がチキンだって!?」

「若旦那。誰も言ってませんて」

「まずい。止めるぞ」


 急に怒り出した鶏の若旦那を周囲が宥めました。


「まぁまぁ観客さん落ち着いて。さあ、気を取り直してもう一度、一人目エミューのフランカ」

「ミュミュミュッミュ、ミュッミュミュウ~♪ 昂りますの」


 高揚し、軽快なリズムの雄叫びを上げるフランカは女の子。

 また小さな雛で、毛並みは白とチョコブラウンの縞々。瞳は奥深い赤紫です。


「二人目、渡り鳥のカイ」

「ぼきゅ負けないっ」

「カイ坊頑張りや~」

「怪我のにゃーよう頑張って」

『兄ちゃんがんばえ~!』

「あらまあ、皆飛び出しちゃだめよぉ」


 鼻息も荒く気合十分な様子のカイは風の谷に住む渡り鳥一家の男の子。

 父親譲りの黄金色の瞳と、よく似た色合いの三本連なるアホ毛は紅葉のようでした。親よりも黒に近い青の毛並みは雛毛だからでしょう。父のとそっくりに仕上げたスカーフを首に巻いています。

 観客席からは訛りの混じる声援が上がっていました。それを一心に受け力強く地に立ちます。


「最後にチームリーダー、ダコスコス!」

「絶対勝ちますはら」

「いいぞ。やったれー」

「つーか、アイツだけちょい年齢上じゃね?」

「問題ねえだろ。体格的に」

『確かに! だはははっ』

「むむ、侮られてる気分。見てなはれ、ド肝抜かしたる」

「うんうん。統一感のあるチームです」


 やんややんやと騒ぐ観衆に拳を突き出す意気込みを見せるダーさん。

 流れを読んでイタチの審判役が皆を鎮め進行を続けます。


「続いて……対するはチーム:森の仲間。一人目はタスキ」

「こうみえて足には自信あるよ」

「あ、(あん)ちゃん勝って~」

「お兄ちゃーん」

「ハルのお兄さん頑張れぇ!」

「うん。頑張らなくちゃ」


 タスキはテル達の友達で三つ子タヌキの長男。

 きりりとした顔立ちと、首に巻いた赤いリボンが特徴でした。弟妹達の声援を受けて、気合いを入れ直しています。


「二人目、ウリ坊のダイキチ」

「オイラは助っ人だぞぉ」

『兄貴負けるなーッ!』


 自信満々に返事をしたダイキチがイノシシの男の子。

 頭部の辺りがやや逆立った毛並みは薄茶とこげ茶色の縞々。くりりと愛らしい黒の瞳は勇ましく闘志を燃やし、砂を蹴り散らす勢いで地団太を踏んでいました。


「気合十分ですね。そして当方のチームリーダーはテル!」

「おっしゃぁ! やったるぜーッ」

「キャッ、かっこいい」

「ハルちゃんが応援してるって~」

「テル頑張れ!」

「おやおや? 図らずもお兄さん揃いのチームですね」


 ハルとアミルが黄色い声援を送り、ヨウ達も気分高く応援します。

 友達らの声に手を振って応じるテル。やる気に満ちた笑顔で配置につくために移動して行きました。審判役が鳥達の報告を聞き、準備は整った第一走者に向き合います。


 皆の緊張が高まる中でついに試合開始の合図が響き渡りました。

 走る順番はわかりやすく紹介された順番で両者走り出します。走るのが大好きなフランカは軽快に速度を上げて、運動は普通なタスキはやや出遅れてしまいました。


「ミュ~最高得点を決めてやりますの♪」

「はっ、はっ、負けないぞ」


 彼らが疾走する第一区画は天然の悪路。ゴツゴツとした岩場が中心のエリア。

 勘が良いフランカは滑りにくい岩上を選んで飛び跳ねて行きます。さすがにタスキはそうもいきません。爪を掛けるにも滑る岩に危険を冒して登らず、大小ある岩の隙間を駆け抜けて行きました。


「ひょーんなの」

「あわわっ!?」


 深く急流だけど幅は狭い川。見えないけど北へ少し行くと滝がある場所です。

 大岩を利用して、端から端を一気に飛び越えるフランカ。タスキは川の前で急ブレーキ。ここら辺は絶対に泳いじゃ行けないと言われていいました。

 でも焦りません。コースなのですから絶対にある物を探します。


「あった。ハンモックの橋だ」


 誰かが設置した大きな縄のハンモックが橋のように架けられていました。

 子供が乗ったくらいじゃ沈まない、編み目も細かい立派な代物です。ご丁寧に昇り紐まで垂れていて、輪っかになっている場所に足を駆けながら登りました。慎重に川を渡ります。


「揺れる~歩きにくい~。でも急いで、下見ないように……」


 声に出して自分に言い聞かせながら渡り切り、息をつかぬまま遅れを取り戻すべく走り出しました。


「暗いの。進み辛いですの」

「この声、追いついた」


 バトンタッチ目前、最後の障害物は二つ並んだ丸太トンネル。

 綺麗に中をくり抜いたもので、必ず中を進まなければなりません。

 タスキは勇んで中に飛び込みます。狭いけど引っかかるほどじゃなく、暗くても迷う心配はないでしょう。気が付けば中で追い抜き先にトンネルを抜けていました。



 すぐに巻き返してきたフランカとタスキが引き継ぎ地点に来ます。

 身体が触れればバトンタッチ。最後の、ほんの一瞬、気が抜けたのでしょう。瞬く程度の減速でフランカが追い越し先に身体が触れました。第二走者が走り出します。


「ごめん。遅れちゃった」

「問題なーし。強力な助っ人様に任せろー!!」


 ダイキチは叫びながら猛発進。声が木霊の如く遠ざかっていきます。

 レースの様子は、上空を飛ぶ鳥達が装着した魔法の小鏡を通して観客達に伝わりました。会場に設置された大きな水晶玉に鏡からの映像が映し出されます。おかげで皆、大盛り上がりでした。


 第二区画は平らな場所の多い平原エリア。

 森はすぐに途切れ、背の高い草の生い茂る地帯が広がっています。

 地面は水を多く含んで柔らかくなっていました。けれど泥沼のように深く沈む訳ではありません。


「ぐがぁーふんばれねぇ。スピード出辛れえ」

「ふーん。泥んこなんてへっちゃらだもん!」


 泥遊びするには最適ですが速度を出して走るには不便でした。

 柔らかい土は滑りやすく、力むと足が空回りしてしまいます。二人は少しだけ速度を落として走りました。泥が派手に跳ね散りますが気にしません。

 問題なのは折り返し地点の目印が見え辛い事です。二人は視界を遮られながら目印の木を探しました。


「よきゅ見えなーい」

「グッ……いたた。なんだ木か」

「ダイチチもいなーい。ここどこ~」

「えーっと目印、目印。ん、あれ?そういう事か、ついに見つけたぞ!」

「声する、ぼきゅ落ちてかれたぁ。……こうなったら」


 カイは自棄くそ気味に周囲の草を引っ張って集め始めます。

 観客席で「それはあかん」などと声が上がっているのを知らず、カイは生えたままの草の束を踏み台にしてジャンプを試みました。しかし草の跳び箱は重みに耐えられず潰れてしまいます。

 諦めず今度は草を塔の形に束ね始めるではないですか。危うくしなる草の塔をよじ登って行きます。


「アバババッ、あ、あった」


 塔も重みに耐えられず垂れて、カイはぶら下がったまま木を発見しました。

 終いには尻餅をつき着地します。でも目的の物を見つけ、彼は嬉々として走り出して行くのでした。



 目印の木を右から左に曲がった先がバトンタッチ地点です。

 大きく遅れをとったカイが必死に追い立てる中で、前を猛然と駆け抜けるダイキチが先にテルへタッチしました。時間差で次の走者がスタートします。


「ついにおれの出番だ。勝つぜー!!」

「ワイに任しなはれ!」


 走り出した最後の走者達。足自慢のダーさんはすぐに追いつき競い合います。

 彼らが走る第三区画は木々が生い茂る森中心のエリア。根や枝、小岩に野花と、天然のアスレチックと呼べる障害物が溢れていました。


 テルは抜群の運動神経で根を飛び越え、岩や枝を避けて進みます。

 ダーさんは速度が出過ぎると小回りが利きません。けれども健脚と柔軟さでまっすぐごり押して行きました。何でもかんでも乗り越え突き進んで行くのです。


「フランシスさん見てて下はれ。ワイはスピードを極める」

「ウサギのフットワークを舐めんなよ。全開フルスロットルだぁッ」


 手に汗握る抜かし合いに観客達も大盛り上がりしていました。

 それぞれのやり方で速度を緩めずゴールを目指します。すると複雑に絡み合った蔓の網が前方に垂れ下がっていました。


「なんでじゃ!?」


 避ける暇もなくダーさんが網と衝突してしまいます。

 蜘蛛の巣にかかった獲物の如く身動きを封じられる身体。バタバサと足掻きますがすぐには抜け出せません。


「あはははっ、間抜け。おっ先~」


 からかう気で振り返ったのも束の間、テルの視界は突然暗くなり――。

 それはこんもりと盛られた落ち葉の山でした。突然の事態に理解が追い付かず慌てるテル。闇雲に藻掻き、どうにか落ち葉を払い落し……。

 ダーさんが通り抜けて行くのを視界の端に捕えて走り出します。


「嫌な足止めを食らっちまったぜ」


 まったく嫌らしい罠だと思いました。

 けれどちゃんと前を見ていれば避けられた筈です。よそ見をしたテルが悪い。

 蔓の網と落ち葉の山が絶妙な配置で続いていました。二人は避けたり蹴散らしたりして対処していきます。この区画を抜ければ最後の難関を残すのみ。ゴールはもう目前でした。


「グッ、ガガ――」

「アイツもう登ってんのか。この壁が最後の障害……」


 テルは手に唾を着けて垂らされた蔓を握り木の壁を登り始めます。


「へへ、ここで追い抜いてやるぜ」

「ガガッ、グガガグガガ」

「はーん。何言ってるかわかねーよ」

「ンガァ~」


 嘴で蔓を加え足を引っかけてのぼるダーさん。

 とても大変そうで登るのに時間がかかっています。テルも足を使っていますが、こちらは手で蔓を掴み歩くように登るので幾分か有利でした。

 天辺まで登り切れば、あとは滑り下りるだけです。先に着地したテルが走り出しました。



 ゴールのある会場では観客達が今かと走者の姿を待っています。

 青空を照らしていた太陽は傾き、スタッフとともに走り終えた走者も戻って来ていました。


「さあ、どちらが先に戻ってくるのでしょう?」

「おっ見ろ。誰か走って来たぞ」

「どっちだ!?」

「あれは……」


 ハラハラ、ドキドキ、と皆の視線を集めて疾走してき来たのは――。


「ふっふっ、はっはっ……勝者はワイじゃあ」

「ダコスコスだ。奴が先に来たぞ」

「いや、待て」

「うおぉぉぉっ! 勝つのはおれだー」

「テルも来た。頑張れ」


 ゴール前のせめぎ合いは白熱していました。

 お互いに限界ギリギリまで力を出し尽くして順位を競います。

 隣を走る相手より早く、もっと早く、と全身全霊でぶつかって行き。


「おっしゃ、勝ったぜぇー!!」

「クワ~負けた。お主もなかなかやりよりますな」

「へへん。当然だろ」


 最初にゴールを切ったのは――テル。彼らの戦いは僅差で決着です。

 全力をもって走り切った彼らの間には、いつの間にか熱い友情が芽生え、認め合って。歓声の中ですっかり意気投合していたのでした。



     ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘ 



 【ショウと聖なる白馬】


 ここは蛍灯の森。一雫の露が落ちる麗らかな朝。

 早くに目を覚ましたショウは日課の散歩をしていました。


 ショウはヨウの友達のシマリスの男の子です。

 ちょっぴりお兄さんな彼は首に葉っぱの蝶ネクタイを身に着けていました。

 栗色のよく手入れされた毛並み。グレーの瞳は注意深く周囲を観察しています。規則だたしく早起きをしては、こうして新しい発見に胸を膨らませ散歩するのが楽しくて仕方ありません。


「朝のこの時間は清々しいですね。あっ、この花咲いたんだ」


 まだ蕾だった野花が咲いているの見つけ思わず微笑みます。

 どことなく静かな朝日射す森の中を歩き、ふといつもとは違う道を選んで行きました。

 やがて水の音と共に霧が視界を霞めていくではありませんか。なんだろうと怪訝に思い、水音がする方向へと足を進めていきます。


「……あそこ、何かいる?」


 危うい視界の中で泉らしき場所だとわかりました。

 その水面の上に何かがいます。動く何か、生き物のようでした。

 全身が光を淡く反射しており、真っ白な全身に薄青の鬣や尾がキラキラ輝いています。


「あれ? 額に角があるような……」


 見間違いでしょうか。泉はなかなかに広く、距離があってよく見えません。

 でも確かに角があるように見えました。だとすれば、普通の馬ではないのでしょう。ショウはいつか読んだ本の内容を思い出します。角のある馬、これはもしかして――。


「ホントに本物が。あっ、待って!」


 急に霧が深く、濃くなって白い影は忽然と消えてしまいました。

 追いかける間もなく静かになった泉。次第に霧が晴れて、清涼な水がゆらゆらと光を宿して流れています。さっきまで神秘的な存在がいたなんて嘘のようでした。


「見間違い、だったのでしょうか」


 ひとり呟き、何の変哲もない水面を見つめます。

 しばらく待ってましたが再び現れる事はありませんでした。仕方なく立ち去る事にします。またのんびり散歩の続きを終え、帰宅して朝食にしました。

 その後、家の掃除をして、休憩がてら読書をします。日が高くなってきた頃に外から声が聞こえてきました。


「ショウ~いるぅ?」

「木の実狩り行こうぜ!」


 これはヨウとテルの声です。二人の声は下から響いていました。

 ショウの家は木の上なので気づいて下を覗き込みます。案の定、根本の所に友達ふたりの姿を見つけました。こちらを見上げて笑顔を浮かべます。


「ごめん、もうそんな時間だったんですね。すぐ行く」


 読んでいた本をしまい、尻尾に籠を引っ掻けて外に出ました。

 するすると木を下りてふたりと合流。一緒に木の実狩りへと出かけるのでした。



 彼らは数ある採集スポットの一つ、果実地帯へとやってきます。

 ここではベリーやリンゴなどの果実が群生していました。小ぶりの物から大玉な物まで種類が豊富です。早速籠いっぱいに果実を摘み取っていきました。


 しっかり者のショウは、柔らかいベリーは籠で運びます。

 別の場所にあるドングリやナッツ系は頬袋に入れたりしますが、来客用を籠に入れて持ち帰る事もありました。もちろん来客に出す時は洗いますが、それでも嫌がる人がいるからです。


「赤いの青いの黒いの……ふふ、色とりどりで綺麗ですね」


 桃は重いから小振りなのから厳選して――。

 呟きながら、入れ方を工夫して綺麗に整理整頓。こうすれば潰れません。


「見て見て、いっぱい採れたよ!」

「ああ、ヨウ君。そんなに急いで走ったら……」

「わあっ!?」

「うおっ、ベリーの雨が襲ってくる!」

「イテテ……ごめん。転んじゃった」

「痛ぇのはこっちだよ。ベリーに混じって桃とオレンジが――ッ」

「盛大に巻き散らしましたね」


 直撃したらしく尻餅をつき、涙目で訴えるテル。

 果実をうっかり踏み潰さないよう気を付けながら皆で拾い集めます。

 その時、ポロンッと雫が落ちる音が聞こえ靄が漂い始めました。突然の事にピクリと耳が動き、顔を上げて周囲の様子を探ります。


「二人とも動いちゃダメですよ」

「わかってるぜ」

「ねえ、何か聞こえない?」

『え?』


 ヨウの指摘に耳を澄ませました。息を潜めて集中します。

 すると、どこからか蹄を鳴らす音が低く響いているのに気付きました。けれど音の正体を告げる姿は見えません。うっすらと森の風景は見えているのに……。


「馬さんや鹿さんがいるのかな?」

「全然見えねー」

「陸便が近くを通ってる? でもこの靄は……」


 本当にそうなのでしょうか。ショウは考えを巡らせました。

 陸便は風の谷にある郵便や運搬をしてくれる施設です。空便と違い、足自慢の動物達で構成された部署でした。当然ながら馬の職員も所属しています。

 けれど車輪の音は聞こえてきません。陸便は重量制限が緩く、重い物を運ぶため荷車を引いている事が多いのですが――。


「……音、聞こえなくなったね」

「靄も晴れて来たぞ」


 二人が言った通り視界が晴れていきました。

 何事もない景色が戻ってきて、さっきまでの現象が嘘のようです。

 でもショウは、ふと今朝の出来事を思い出していました。あの霧の中で見た馬の事を。はっきり見た訳じゃないので自信はありません。


「どうしたの?」

「いえ、ちょっと思い出して」

「思い出したって何をだ?」

「はい。実は……」


 友達の様子が気にかかったのでしょう。

 疑問を投げかけてきた二人に今朝の話を伝えました。


「霧の中にいた不思議な馬かぁ」

「けど水の上に立ってたんだろ。幻だったんじゃねーの」

「かもしれない。でも二度も不思議なことが起きたので……」

「じゃあさ。明日コウに聞きに行こ? いろんな所旅してたから何か知ってるかも!」

「て、ヨウは単純に会いたいだけだろ~」

「そんな事ないもん」


 ショウの話に興味を示した二人と明日の予定を約束して帰ります。

 確かに何か手がかりになる話を聞けるかもしれません。そう考えるとつい心が躍り上がるのでした。



 翌日、森の広場に集合してから皆でコウの家に向かいます。

 外で蒔割りをしていたコウは、突然の訪問に驚きつつも快く迎え入れてくれました。区切りの良いところで手を休めて彼らの話を聞きます。


「霧や靄の中で聞こえた蹄の音。水上に立つ馬らしき影か」

「コウは何か知らない?」


 ヨウに問われて彼は口を閉ざして考えました。

 白く長い耳をピクピク動かしながら期待に目を輝かせるヨウ。うずうずと今にも動き出したそうにするテル。ショウは二人の様子を見守り、胸の内だけで浮足立つ感情を持て余します。


「状況からして、多分ユニコーンじゃないかな。きっと近くにいたんだよ」

「ユニコーンですか。どこかで見た覚えが、アレは確か……」


 それほど長い間を待たずにコウは口を開きました。

 彼の言葉を聞き、ふと記憶の端に引っかかりを覚えます。確かにどこかで。そう本で見たような気がしてなりません。ただよく思い出せなくて、もどかしさを感じたのでした。


 家に帰った後、ショウは部屋中をひっくり返す勢いで探し物をします。

 あれでもない、これでもないと棚や山の如く詰まれた中から本を引っ張り出して。時々ぺらぺらと頁をめくって中を確かめては閉じました。そして、ようやく――。


「あった。えーっと、ユニコーンは……」


 手にしたのは「幻想と古の民」について記された物でした。

 頁をめくっていき、角の生えた馬の絵が描かれた所を開きます。絵の横に書かれた文章を一文字ずつ丁寧に読み上げてきました。


「ユニコーン。海神の加護を受けて水泡から生まれた角ありし馬。

 聖なる力を持つとされ、争いごとを好まない。心を許した相手にしか姿の全貌を見せず霧や靄に隠れている」


 かなり詳細に記された本の内容をもとに創造を膨らませます。

 あの時見た白い影。うすぼんやりしていたので角まで生えていたかはわかりません。正直にいうと馬だったのかも自信がありませんでした。

 でも、だからこそ思うのです。世の中の不思議、不確かなその存在に会いたいと。もう一度あの影に会って、本当にユニコーンなのか確かめたいと思いました。


「前知識は頭に入りました。早速探してみましょう!」


 是非とも会いたい、本物に。言葉が交わせるなら話してみたい。

 ショウの頭の中は泉で見た白い影でいっぱいです。善は急げとばかりに彼は行動を起こしました。



 翌日からショウは本を入れたカバンを背負い辺りを捜索します。

 彼の持つ本は小動物用に作られた小さな物ですが、それでも背負って走るにはちょっと重い物でした。けれどなんて事はありません。こんなのはもう慣れっこです。

 すたすた、とんっと軽快な足取りで行ける所はどこでも探し回りました。


「こっちにもいない……あっちは?」


 やっぱり簡単に見つかる筈もなく、走り疲れて少し休むことにします。

 せっかくなので持ってきていた本で復習しようと考えました。丁寧な所作で開きます。


「へぇ~ユニコーンって水を操れるんですね。じゃあ霧や靄も」


 自然な物ではなく、ユニコーンの力だったのかもしれません。

 水の上に立っていたのも見間違いじゃなかったのかも、と好奇心が刺激されました。

 もしかしたら、水辺の近くなら出会える可能性が高いという考えに至ります。ショウは相手の気持ちになって捜索を続けました。


 何日も、何日も、ショウは探して回ります。

 ヨウやテルが時々話しかけてきて近況報告をしたり。調べものをしたり、住民に霧の有無などを聞きこんだりしました。そうして探し続けたある日――。


「ここは原点に戻って捜索を……あ、霧だ!」


 最初に白い影を見た泉を目指していた時。目的地の方向に霧が漂っているのを発見したのです。

 ショウは駆け出しました。それはもう勢いよく。逸る気持ちとともに、懸命に足を動かしてもやりと白い景色の中を突き進んで行きました。

 やがて前方に水の匂いと音を感じ急停止します。じゃないと落ちていたでしょう。


「ええっと」


 キョロキョロと辺りを見回し、目を凝らして霧の奥を睨んで。

 微かに身じろぐ気配を感じるとともに白い影が視界に映りました。ぼんやりと見えるソレに緊張感が高まって、大きく深呼吸をしてすぅーっと息を吸い込みます。


「は、初めまして。ボクはショウって言います。あのっ、ユニコーンさんですよね?」


 白い影が振り向いて、じっとこちらを見つめてきました。


「もしよければお話させてください!」


 緊張で高鳴る胸と強張る身体。返事を待つ時間がとても長く感じます。

 どのくらいそうしていたでしょう。随分と待った心地がした頃、静寂の中に柔らかな声音が響きます。普通と違う蹄の音と共に――。


「別に構わないよ。初めまして、私はアデル」


 近くまで来た影が首を振ると、鬣が揺れ、さぁーっと霧が晴れていきます。

 視界が鮮明になり相手の姿がよく見えるようになりました。とても美しい姿に、思わずショウは感嘆の息を零します。

 

 アデルは正真正銘のユニコーンでした。

 額に立派な角を持ち、純白の毛並みにサファイアブルーの瞳。鬣と尾は薄青色。

 水の上に立つ姿は神秘的で優雅なものです。長いまつ毛から覗く相貌が静かにショウを見下ろしていました。威圧感は感じません。それどころ小首を傾げて……。


「君、大丈夫?」

「え、あわあわわ……はいっ」

「よかった」


 安堵したのでしょう。アデルがやんわりと笑います。

 その様子を見てショウは「可愛い」と思ったのでした。



 こうして出会った二人は時々会う約束をして交流するように。

 言葉を交わすうち、一緒に過ごす中で、少しずつ相手の事がわかってきました。

 あまり大勢に見られるのを好まないこと。ペガサス探しの旅の途中で、ペガサスの話や好きな事を話す時は夢中になってはしゃぎます。それはショウも同じでした。


「それでヨウ君はコウさんと大冒険したんですって」

「へぇ、凄いね。本当に見つけちゃうんだ。うんうん、冒険の醍醐味だよね」

「はい。ボクも珍しい花や虫を見つけるとつい嬉しくなったり。この前も、蕾だった花が咲いてるのを見つけて暖かい気持ちになりました」


 身体いっぱいで表現して、相手の話にも耳を傾けて。


「いいなぁ。そうだ、せっかくだしちょっと走ろう?」

「走るんですか? でも……」


 ふと相手の足と自分の足を見比べます。

 運動は苦手ですが、これはそんな程度の話ではありません。

 歩幅が違い過ぎるでしょう。追いつけるかな、と不安が顔に出ていたようです。アデルは苦笑いを浮かべて頭を下げました。


「一緒にだよ。ほら、乗って」

「あ、はは……走るってそういう事だったんですね」

「もちろん。誘ったのにおいてく訳ない」

「じゃあ、おじゃまします」


 促されるまま慎重に頭へよじ登ります。恐る恐る角に掴まりました。

 初めて触る角は、遠目だとわからない細かな溝やおうとつがあります。おかげで爪を引っ掻けるのに困りません。アデルは角に触れるのも、爪を立てるにも起こりませんでした。


「しっかり掴まってて。行くよ!」

「うん」


 頭を上げた美しい一角獣は加減しながら走り出します。

 少しずつ速度をあげつつも、走り方は丁寧で繊細で乗り心地は悪くありません。


「速い。まるで風になったみたい」

「まだまだ。こっからだよ~」


 振り落とされないで、と念押しをしてアデルは跳躍しました。

 次の瞬間には大きな川の上を駆け抜け、滝から飛び下り危なげなく着地して疾走します。この時、あっという間に北の山々を駆け抜けていた事に気付きました。

 やがて進行方向に南北を山に挟まれた谷が見えてきます。そこまで来てアデルは速度を緩めました。


「あっという間に風の谷まで来ちゃったんだ」

「ふふ、大げさだよ。それなりに時間は経ってる」


 今いるのは谷の手前。遠くから鳥達の声が聞こえ、空飛ぶ影が見えます。

 立ち止まって一緒に景色を眺めました。水上を駆けて谷まで来るなんて貴重な体験をし、ショウの気持ちが高ぶっています。ちょっと怖かったけど楽しい一日でした。


 翌朝、目覚めたショウは家の前に置かれた一通の手紙を見つけるのです。

 葉っぱに書かれた文字。それは旅立ちを告げる別れの報せ。でも寂しくはありません。だって最後にこう締めくくられていたから。


『私の小さな友人。いつか、また会おう。清き水の傍らで』

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