【短編版】 夢見少女は理不尽な未来を回避したい 〜テンセイ?とやらはわかりませんが使えるものはなんでも使って未来を変えて見せます!〜 -セレン視点-
セレン視点での主人公との出会いのお話です。
幻獣と共存する世界レーツェルム。
レーツェルムでは国ごとの気候や立地により契約幻獣が偏ることが大半の中、世界の中心であり全ての属性契約者がバランスよく住まう国、バンデルムの王族である双子の王子とその二つ下の妹姫の婚約者と側近を探すお茶会が開かれていた。
常に人の手が入っているのであろう緑豊かな庭園、美しく飾られたお菓子や食べ物が並ぶテーブル、色とりどりのドレスと、ドレスに囲まれた人物を尻目にサッサと退散する。
元々こういう堅苦しい場は苦手なのだ。
先ほど主役である王子や姫には挨拶をしたし問題ないだろう。
やけに姫に凝視されていた気もするが、どうせ家名を聞いてアイツらが言いふらしてるであろう数多くの「出来の悪い弟」の話の何かを思い出したのだと思う。
実際双子の王子もそっくりな顔を歪めて俺を見ていた。し、挨拶もそこそこにサッサと離れていった俺を見て何やらニヤついた顔で「雑種」とかなんとか話していたのだ。
ぬくぬく温室育ちのお貴族様と違ってこちとら元平民である。
訳あって一時期森の手前にある孤児院で過ごしていたこともあり、自分たちの夕飯となる動物を狩りに森に入っていたこともあるのだ。
鍛えられたセレンの耳は貴族よりもかなり良かった。
セレン。不本意ながら今はセレン・モリスという名になった少年は、普段の軽装よりも重く感じる黒い上着に濃い紫のベスト、白いシャツを着て、気だるそうにあくびを噛み殺しながらお茶会を抜け出した。
テーブルに並べられた旨そうな軽食やスイーツも気になったが生憎マナーがなってないのだ。誰かに見られて文句をつけられたら後が面倒だろう。
少しだけ後ろ髪を引かれながらも人の気配のない方へ移動すると茂みの奥に程よいスペースを見つけ、そこで服が汚れることも気にせず仰向けに転がる。
どうせ一番上の兄の着られなくなった服だ、要らないゴミだがまぁ王宮にも着ていけるだろうと投げて寄越されたのを思い出す。
9歳の自分が2つ上の兄の服がぴったりサイズとはどういうことだろう。なんなら心なしかキツい気がする。
「お貴族様って意外とヒョロイよなぁ」
セレン自身あまり体格が良い方ではなく、寧ろ細い方なのだが、同い年で腹違いの兄の服は入らなかったのだ。
「僕は優秀だからな!参加したら絶対側近に選ばれるし重用されるだろう。
当主となるのに側近までやるなんて体が幾つあっても足りん。無能で暇なお前が行くくらいが丁度良い!
なぁに、挨拶だけしてお得意のサボりで抜け出して適当に時間を潰せば良いだろう?いくら無能でも挨拶くらいはできるだろうからな。
いいか?くれぐれも家名に泥を塗るような真似はするなよ!」
こんな意地の悪い言葉と共に面倒な役回りをセレンに押し付けてきたのは、一応立場上の兄になる長兄だった。
長兄はかなりプライドが高く陰で傲慢だなんだと言われている王子たちとはそりが合わないらしい。
もっともらしい理由を並べ立てて逃げた結果セレンが参加せざる終えなくなったのだ。
「嫌なこと思い出しちまった。」
(「……抜け出して良いんだか悪いんだかよくわかんねぇけど、アイツが言ったんだし、本当に抜け出してもいいだろ。誰も庶子なんて興味ねぇだろうし。」)
そう。セレンは庶子なのだ。
昔お貴族様の、しかもこの国で王家に次ぐ権力を持つ大公サマの邸で働いていた母がお手つきされて一発で孕んだらしい。
身籠っていた当時大公は、自分の血筋が増えるなら良いことだとそのまま産ませようとしたが、そのことを知った大公妃が激怒。身一つで追い出されたと聞いた。
丁度2番目の兄を妊娠していた時期だから余計に気が立っていたのであろうが、大公も大公で欲を発散するならきちんと避妊をすれば良いと思う。
こちらとしては良い迷惑なのだ。
大公家で働くということは、ある程度の身分が必要になるため母も元は貴族の娘である。聞いたところ庶子だったため厄介払いのように奉公に出されてあまり教育は受けられていなかったらしいが。
仕事を首になり実家に帰ったところそのまま追い出されて平民になったと生前の母は言っていた。
元々ぽやぽやした所があったのはそのせいだろう。
如何にあまり教育を受けられなかったとはいえ貴族なのだ。平民に比べればぬくぬくとした生活を送れる。
セレンを育てるために慣れない仕事を必死でこなして育ててくれた母。
けれど、人を簡単に信用したりと危なっかしいところも多かったため、必然的にセレンがしっかりせざる終えなかった。
その努力の甲斐もなく、母は必死に働いてセレンを養おうとする中で過労が祟って死んでしまった。
まだ母が生きていた頃。6つくらいだろうか。平民の子どもがひとりで出かけたりしても問題ないと言われ始める年齢になると、セレンは自然と自分と周りとの間に隔たりがあることに気づく。
まず、平民は幻獣との契約はできるが下位のことが多く、基本属性である炎、風、水、地属性が殆どだ。たまに派生で雷や氷、草もいるらしいが滅多に現れない。
貴族と違って魔力も多くないため容姿も属性の色が反映されない。
突然変異で強い魔力を持ち色が違うものもいないわけではないが、特に髪と瞳の色、平民の大半が茶髪に茶目なのだ。違ったとしても片方は絶対その色になる。
貴族ならば髪や瞳はかなりカラフルになる。
炎ならば赤系統、風ならば明るい緑。水は青く地属性は平民とは違う透き通ったブラウンの髪に鉄色の瞳を持つ。
派生属性の雷なら黄色や金系統、氷は淡い青。草は濃い緑になる。
そして貴族特有と言われる色とは平民に現れることはない。大公家の色。
この国には大公家が二つあり、光と闇の属性に分かれる。
光は白や銀系統の色を纏い、闇は黒になる。
この国では何百年も前から「色差別」と呼ばれる力を持つものと持たざる者を色で分けて差別する風習があった。
だが、案外今この国を統治している王はまともらしく、色で差別を行う風潮を変えるため、貴族の子どもには12歳になるまでなぜ色が違うのかは教えないよう通達していたらしい。
そんな国の方針、セレンも大公家に引き取られてから知ったことだが...。
12歳、とは貴族が遅くとも幻獣と契約した上でその力を最低限振るえるようになる年齢、かつ学園への入学が義務付けられている年なのだそうだ。
家の方針で幻獣と契約して力を身につけたタイミングで早めに教える事もなくはないが、ここ10数年はそうやってきちんと自分で判断できるようになる年まで色差別と呼ばれる風潮に子どもが染まらないように意識改革してきたらしい。
だが貴族内のルールなど平民は知ったこっちゃないし、大昔から根強く残った差別意識が消えるわけではない。
セレンの色は紫がかった黒髪に紫の瞳だった。
平民には絶対にない色。二色の色を持つ子どもを見て、寧ろそれを恐れてくれればよかった。
だがお貴族様が平民として暮らしているとなると罪人や訳ありなのが丸わかりなのである。
子どもは残酷で、親に聞いたのか、どこから仕入れてきた情報かわからないが犯罪者だなんだと因縁をつけられた事も沢山あった。
最初はボコボコにされたものの、元々運動神経は悪くない。一年も立たないうちに返り討ちにできるようになって絡まれなくなっていった。
7つになってからは王都で有名な、ガラは悪いものの腕は良い、と言われている装飾品を作る工房の店主に気に入られて入り浸っていたのもあるかもしれない。
「魔飾」と呼ばれる幻獣と契約した時にもらえる石を加工して作られる契約の証の、繊細な装飾の施された飾りをゴツい親父がこれまたでっかい手で器用に作っていくのだ。
その光景を見るのが面白くてセレンは工房に通い詰めた。
そこらへんのバカなガキどもと喧嘩するよりずっと有意義だと思った。
最初はウザがっていた店主も、セレンの物覚えの良さや頭の回転の速さ、器用さを見て段々と技術を仕込むようになる。
そして仕事の対価だと言って勝手に入り浸っているだけの小僧に渡すにはいささか多い金額を持たせてくれた。
セレンやセレンの母は近所では悪い意味で有名だったから気を遣ってくれていたのだろう。
だがこの色だ、髪だけなら誤魔化せなくもないが瞳は目立つ。母も頑張ってはいるが2人で生きていくには心許ない金銭しか稼げていなかったのもあり、工房での仕事はセレンにとってなくてはならないものになった。
せっかくの居場所で食い扶持だ、だからセレンは親父の邪魔にならないよう工房の奥に引っ込んで仕事をした。
掃除も、炊事も、細工の勉強も。できることはなんでもした。
そして決して客の前には姿を見せず、その上前髪を伸ばして自分の瞳を隠した。
オヤジは複雑そうな顔をしていたが
「細工する時は邪魔になる。だからその野暮ったい髪上げとけよ」
とだけ言って髪を括る紐を渡してきただけだった。
その距離感が心地よかった。
だがセレンの居場所は1年ちょっとで失われることとなる。
過労で母親が死んだのだ。
セレンも稼いでいた。だから生活にもゆとりができたはずだった。だが、子どもにまで働かせるのが申し訳なかったのであろう母は生活が安定したのであれば、きちんとした教育を受けさせてやりたいと思い仕事の量をセレンに隠れて増やしていたのだ。
セレンは知らなかった。
工房で過ごすのが楽しすぎて、泊まり込んで帰らない日もあったくらいだ。
その間に無茶をしていたのであろう母は過労で倒れてそのまま……。
平民にきちんとした墓などない。
孤児院の併設された教会に埋められてその上に木の十字架を刺されて終わり。
木の十字架が朽ちる頃には、死体は分解されて消えるためまたそこに新しく死体を埋めるのだ。
だが工房のオヤジが石でできた墓を彫ってくれた。
顔の広いオヤジはなんだかんだお人よしですぐに人を助けてしまう。見返りも求めずに。
だから教会にも恩を売っていたことがあったんだろう。
オヤジがきちんとした墓を建てさせてくれと頼み込むと、教会の庭の隅に石の墓を建てることを許してくれた。
泣きそうだった。けれど、涙は出なかった。
過労で死んでしまうほど追い詰められた母に気が付かなかったのだ。自分には泣く資格がないと思った。
オヤジは
「一緒に住もう。俺のことを父親だなんて思わなくて良い。だが、お前はもう立派な俺の弟子だ。うちに来い。」
そう言ってくれたが、母さんの墓から離れたくなくて教会に併設された孤児院に入った。
母さんが貯めてくれていた金は使う気になれず、周りの狡い奴らに奪われないようにとオヤジに預けた。
オヤジなら使ってくれて良いと思った。元々過ぎた額をもらっていた自覚もある。
何より母さんの墓を建ててくれたのだ。これだけでは足りないかもしれないがいつか大人になって、自分の感情に整理がつけられたら返したいと思った。
孤児院では自分の食い扶持は自分で稼がないといけない。
オヤジの誘いを断った以上工房に行くのは憚られて裏の森で狩りをするようになった。
その時出会った怪我をした狐。
食べる気も起きない変わった色をしたそれがまさかカーバンクルと呼ばれる幻獣だとは思わず契約してしまったのだ。
セレンは遺伝なのか潜在的な魔力がかなり多かったらしい。
契約した途端にカーバンクルの怪我をしていた額から立派な結晶がツノのように生えてきた。
セレンの魔力を吸収したのであろうそれはセレンの瞳と同じ深い紫色で、一眼でこの幻獣が誰と契約したのかわかるものだった。
今思えば大馬鹿だ。
墓を建ててくれたのはオヤジなんだから毎日墓参りに行ったところで責められやしない。
孤児院だってただの慈善事業じゃないのだ。
貴族の子どもだろう容姿の、それも闇の属性の色を持つ子どもが幻獣と契約した。そりゃあ国に連絡するに決まっている。
そして居場所がバレて迎えにきた闇の大公家の人間。親父に無理やり引き取られることになった。
それからは散々だ。魔力が強いにも関わらず契約したのが下位?の幻獣だとか、平民の血が混ざった雑種だとか散々バカにされた挙句、腹違いの兄弟2人から訓練と称した暴力を受ける毎日。
「下らねぇ。」
セレンは伊達に喧嘩に明け暮れたり狩りをしたりしていたわけではないため反射神経や運動神経は悪くない。
ちょっと掠らせて大袈裟に痛がるふりをする。
そうすれば飽きてすぐどこかに行ってくれるのだ。
かすり傷と言えど血は出るし痛いのだが、だんだん感覚も麻痺していった。
この家では弱いとバカにされてはいるが、カーバンクルは補助が得意な幻獣で、戦闘能力こそ低いもののちょっとした治癒や身体能力の向上、気配の察知、隠蔽と幅広いことができたため、どうにか生きられた。
こいつがいてよかった。
まぁ、見つかったのもこいつがいたからなんだけど...
そんなことを思って過ごしていたら、冒頭の言葉を言われたのだ。
(「なんだよ王子と姫の婚約者と側近を決めるお茶会って。
まぁ、行くことが決まった瞬間暴力は振るわれなくなったし、付け焼き刃でもある程度の常識とかマナーは学べたからいいけど、逆にそんな大切な催しに俺なんか出していいのか?」)
心の中で独りごちる。
抜け出したのは良いけどまだまだ終わるまで時間がかかるだろう。
ずっと1人でいるのも暇なのでカーバンクルを呼び出すことにした。暖かくてふわふわとした毛並みは寝る時に抱きしめると最高なのだ。
王宮で召喚なんてして大丈夫か一瞬悩んだが、確か急遽つけられた家庭教師も言っていたきがする。
「王宮の宮殿内での登録のない幻獣召喚はダメですが、庭までなら兵や荷物を届けにきた業者が幻獣を出して行動することも多いため緩くなっているのですよ」
ならば問題ないだろうと身体を起こすと、職人すら呼んでもらえなかったがために自作した(材料は貴族に引き取られると聞いて駆けつけたオヤジがなぜか持たせてくれた)ピアス型の魔飾に魔力を込める。
紫色の光が淡く周囲を照らすと目の前にカーバンクルが現れた。
「キュー!!!」
「ぶっ!!」
ゴッという鈍い音と共に後ろに倒れ込む。
カーバンクルはなぜかよく自分の顔面に飛びついてくるのだ。
額に生えたツノが当たらないようにしてくれているだけ、配慮はあるのだろうが毎回驚く。
「っカーバンクル!だからそれやめろって!」
「キュ?」
「首傾げてもダメなもんはダメ!
あー、髪崩れちまった。直せっかな?これ。」
面倒になって結ばれていた髪を解きガシガシと頭を掻きながら再び草の上に横になる。
どうせもう挨拶は済ませたのだ。付け焼き刃の暗記した挨拶だったがマナーは守ったし、もう自分に興味を示すやつなど居ないだろうからこのまま帰っても良いだろう。
カーバンクルを抱えて昼寝でも、と思ったのだが当の幻獣様は知らないところを探検したくなったらしい。
薄情なことに主人を置いて走っていってしまった。
「あんま遠くいったり他の奴に見つかったりすんなよー!」
返事はなかったが耳がピンと立っていたし聞こえているだろう。
元々あまり人の前に姿を現さない種族だ。そう簡単に見つからないだろうと思って好きにさせる。
1人でぼーっとする時間など久しぶりかもしれない。
別にいつも誰かがそばで世話をしてくれているわけではないのだが、お茶会に向けた教育も忙しかったし、大体いつもカーバンクルを側に置いて兄弟たちと顔を合わせないようにしていたのだ。
絡まれると面倒だから。
久々の自由にウトウトと微睡む。
すると少し近くに人の気配がする。
少なくとも一年は孤児院裏の森で野生動物を相手にしていたのだ。気配を消すことを知らない人間なら割とすぐに存在がわかる。
ちらりと茂みから覗いてみるとドレスを着た美しい白銀の髪をハーフアップにまとめて花の飾りをつけた、人形のような少女が何やら不安そうに深呼吸を繰り返していた。
(「白ってことは……光の大公家、リュミエール?だっけ?名前もうちょっとちゃんと覚えておけばよかったなぁ。たぶんお茶会に呼ばれたんだろうけど、なんでこんなとこまで来てるんだ?しかも1人で。」)
リュミエール家といえば自分が引き取られた家、モリス家と同じ位に位置する上位貴族だ。
そんなところのお嬢様がなんでこんな会場からだいぶ離れたところまできたのだろう。
(「綺麗過ぎて虐められたとか?」)
女が怖いのは平民も貴族も変わらない。
自分より少し綺麗だ、とかスタイルが良い、とかで突っかかる奴らは結構な数見たことがある。
よく観察してみると少女は自分よりも幾分か年下なように見える。婚約者候補なんて年齢ではない気もするし、迷子?あ、泣きそう。
じっと見つめていたら少女の瞳がうるうるとして今にも決壊しそうな様子が見てとれた。
セレンは咄嗟に声を出す。
「誰?、誰かそこにいるの?」
努めて優しい声を出したのだが
「ぎゃっ!!?」
可哀想に驚かせてしまったらしい。
ただでさえ泣きそうだった顔が赤らみ、みるみるうちに涙が溢れてくる。
(「まずい!泣かせた!?」)
急いで姿を現し少女を安心させるように微笑んで声をかける。
「あっ、いや、ごめん!驚かせたかったわけじゃねぇんだ。あ...その...泣かないで。大丈夫だから。」
マナーも何もない言葉遣い。
(「仕方ねぇだろ、ただでさえ人付き合いは苦手なんだ。」)
そう心の中でつぶやいたところで事態が好転するわけもなく、ワタワタと持たされたハンカチを探してポケットから出して差し出す。
「......いっしょに...。」
「...うん?」
「一緒にお話ししてくれるなら、許す」
なんて可愛らしいお誘いだろう。
こんな言葉使いのやつと一緒に居ていいのかとか、お茶会はどうしたとか、聞きたいことはあったが、セレン自身もこの少女と話してみたいと思っていた。
「ふふっ、俺、他の奴らみたいにあんまり綺麗な言葉遣い出来ねぇけど、それでも良いなら。」
「っ!うん!!」
花が綻ぶように笑う少女を、今の場所だと目立つため先ほどまで自分がいた茂みの方に誘う。
そうすると、如何にも高そうなドレスを着ているのに少女はそのまま草の上に座ろうとしたのだ。
「待って!せっかく綺麗なドレス着てるのに、汚れる。これの上座って?」
ハンカチはさっき少女に渡してしまったため、自分の上着を脱いで敷く。どうせ要らないと言われた服だし自分もさっき寝転んでいたのだから汚れなどたいして変わらないだろう。
俺、こんなことできたんだなぁ。なんてことを考えながら座るよう促すと少女は本当に座っていいのか困惑しているようだった。
「どうせこれ、兄弟が着れなくなったお古だし、さっきまで寝っ転がってたから上に座ったところで汚れ方なんて変わらねぇよ?大丈夫。な?」
だから頼むからその綺麗な格好で直に地面になんで座ろうとしないでくれ。俺弁償できねぇ。
そんな心境を込めて見上げると、少女は渋々といった様子だが上着の上に腰を下ろしてくれた。
「へへっ、良かった。ドレスって結構重いんだろ?立ったまんまじゃ疲れるだろうから。」
本当によかった。それに昔母さんが言っていたのだ。
「ドレスなんて重くてずっと立っているのも辛いし貴族辞めてよかったわ〜」
って。ただの強がりだったのかもしれないけれど、ドレスが重いと言った時の遠い目や辞めてよかったと言ったときの晴れやかな笑顔は本物だったから。
安心して微笑むと彼女は心なしかぼーっとしているようだった。
(「疲れているのかもしれねぇな。そういや、名前なんて言うんだろ。」)
リュミエール大公の娘、というところまでは察しがついているが、彼女自身の名前が知りたかった。
「んで、君の名前は?」
「ライラ。貴方は?」
すでに知っているので問題ないが家名を名乗らないということはあんまり信用されていないのかもしれない。
だが、セレンにとっては都合が良かった。
セレン・モリスと名乗るのが苦痛だったのだ。あんな奴らと血が繋がっていると言っているようで。
「ライラ、か。俺はセレン。
ライラはなんでこんなとこまで来たんだ?たぶん君、お茶会に呼ばれてる子だよな?だいぶ年下っぽいけど、殿下達の婚約者候補ってやつ」
名乗ってそのまま話を広げていく。
名乗るだけ名乗って黙りじゃつまらないだろうから。
ライラもセレンが家名を言わなかったことを気にした風もなかったし、もしかしたらこの見た目でとっくに家のことはバレているかもしれない。
「そうだよ。でも人多いしあんまり楽しくなくて疲れちゃって...殿下に挨拶だけしたらあとはスイーツちょっと堪能して抜け出してきちゃった!セレンもお茶会に呼ばれたんだよね?」
えへへと笑ってみせる少女。
(「女はみんな王子とかに擦り寄るもんだと思ってたけど、こういう奴もいるんだなぁ」)
「うん、そう。でも俺あんまりああいう堅苦しいの得意じゃなくて、抜け出してきた。」
一緒だね。なんて話していると
「キュー!!!」
とカーバンクルの声が聞こえる。
戻ってきたのか、なんて考えていると……
「ぶっ!!!」
「セレン!?」
また凄まじく痛い音がした。実際かなり痛い。
「大丈夫!?えっ!?この子...幻獣?闇属性の。」
ライラの心配する声が聞こえる。
(「ってか、なんでわかったんだ?こいつの属性。やっぱり俺の家のこと知ってんのかな。」)
「っカーバンクル!危ねぇだろ!いきなり飛びつくのやめろって!!
ごめんなライラ、驚かせたよな?こいつはカーバンクル。俺が契約してる幻獣。よく闇属性ってわかったな?」
カーバンクルを叱りながら、なぜライラは属性を見抜いたのだろうと考える。
色...な訳ねぇよな、カーバンクルは額のツノの他、淡い紫の体毛に白く豊かな首周りの毛が特徴だ。他のカーバンクルは見たことがないが、淡い色的に黒いイメージの闇幻獣と思われることは少なく、光系統と間違われることの方が多いのだ。
考え込んでいると、ふと、ライラも何かをじっと考えるようにカーバンクルを見つめている。
もしこの少女が闇属性に嫌悪感を抱いていたらどうしよう。怖いと思われていたらどうしよう。そう思うと咄嗟に口が動いていた。
「っめ、珍しいだろ?こんな明るい色でもれっきとした闇属性なんだ!でも、世間で言われるみたいな、怖いやつじゃなくて、優しくてすごくいいやつなんだ!」
「っそ、そうだね、それに、すごく可愛い!」
可愛い。可愛いか。相棒が褒められて悪い気はしない。
「ライラは、なんでこいつの属性わかったんだ?」
なぜ闇属性と見抜けたのか気になったのだ。
少し目を泳がせつつも聞いてみる。
すると明らかにライラの目も泳いだ。
言いたくないのかもしれない。
無理に聞き出したいわけではなかったため言葉を重ねる。
「言いたくなかったらいい。無理には聞かねぇから。」
ほっとした様子のライラが側に寄ってきたカーバンクルを撫でる。
カーバンクルは意外と警戒心が強い種族なのにここまで気を許すのはかなりすごいことなのだが、彼女は気づいているだろうか。
沈黙が訪れる。
気不味い空気をなんとかしたくてカーバンクルとの出会でも話そうと思ったのに、話したのは自分のことだった。
動揺していたのかもしれない。
「俺、母親が平民なんだ。昔貴族の親父のところで働いててお手付き?ってので俺を身籠ったらしい。
母さんが病気で死んで、孤児になった時に森でこいつに会ったんだ。
んでそれを知った親父が俺を引き取った。だからあんまり家系とか関係ないかも。血筋?と幻獣の関係もまだよくわかんねぇし。
本当はお茶会?に参加するのも腹違いの兄貴の予定だったんだ。でも、『自分は優秀だから参加したら絶対側近に選ばれるし重用されるだろう。当主となるのに側近までやるなんて体が幾つあっても足りん。無能なお前が出席だけしてこい。』とか言って俺に押し付けてきやがった。
まぁここでライラに会えたんだからこれでよかったと思ってるけど...。」
(「俺は何を口走ってんだ!?ほぼ初対面の男にこんな重たい話されても迷惑だろ!?」)
焦りながらも見た目は平静を装う
「いきなりこんな話してごめん。みんなには内緒にしてな?」
勝手に話しておいて秘密にしろとか....自己嫌悪に陥っていると、ライラが意を結したように話し出す。
「あ、あのね?私もみんなに秘密のことがあって、セレンの秘密、絶対誰にも言わないから...聞いてくれる?」
秘密を共有してくれるのか。なんだかこそばゆかった。
この少女はかなり優しい子なんだろう。そう思うと、彼女の秘密を知りたいと思った。
「うん。なら俺も秘密にする。絶対。」
(「どんな拷問されても、死んでも言わねぇ。今決めた。」)
ライラの秘密とは、2体の幻獣と契約しているということだった。
セレンと同じように森で出会った幻獣がいること、その幻獣が闇属性で、自分の家が得意とする属性とは違ったため隠していること。
隠すためにもきちんとした召喚の儀でもう一体家系の属性の幻獣と契約しており、その幻獣を表向きの一体目としていること。
「2体も契約してんのか...すげぇ。ってちょっと待て!ライラ、年は?今いくつ?絶対俺より年下だよな?体の負担やばいんじゃ....」
最初は純粋な驚きだった。だが、ライラは明らかにセレンより年下である。
通常体の負担を考えて10歳までに1体の幻獣との契約が基本だ。ましてや光属性の家の子どもが正反対の属性となるとかなりのダメージがあるだろう。
焦って声をかけるとライラは朗らかに笑って
「大丈夫!今は変わったけど元々は闇属性と相性良くなかったらしくて、それを中和するためでもあったから寧ろ元気なんだ!年は7つだよー!」
と言った。元々相性が良くなくて光属性と契約して中和、ということなら納得できなくはないが、それはそれで大変だったのではなかろうか……。
しかも7つ。自分より2つも下の少女がこんな大変な目に遭っているのに自分は何をしているのだろうと情けなくなる。
「....なら良いんだけど、もし辛いとかあったら言えよ?」
正直嫉妬しないわけではない。それだけ才能があるから幼くても複数の幻獣と契約できるのだろうし、それだけの力が自分にもあればこんな風にはなっていなかったのではないかとすら考えてしまう。
だが、今は純粋にライラが心配だった。
「平気だって!!そういうセレンは幾つなの?年下ー!とか決めつけてくるけど!」
頬をぷくっと膨らませて拗ねたように尋ねてくるライラ。
「俺は9歳」
「なんだ、たった2つじゃん」
「2つはデケェだろ!」
明るい空気を取り戻した会話はテンポ良く進む。
楽しく会話をしていてセレンはどうしてもライラの契約する幻獣を見てみたいと思ってしまう。
「なぁ、確か王宮でも幻獣って使うから建物内は兎も角、庭くらいなら緩くて、攻撃的な力を感知しない限り、召喚するだけなら大丈夫なんだよな?」
現に俺もカーバンクル呼んじまってるしと付け足しながら様子を伺う。
「そうだよ?あ、もしかして私の闇幻獣に会ってみたい?」
悪戯っ子のように笑いながらライラが聞いてくる。
「ライラが良ければ見てみたい...かも。
カーバンクルの力、そんなに強いわけじゃない役立たずって親父とか兄弟とかから言われるけど、隠れたりとか、感知とか得意だから人来たらわかるし、秘密は守れると思う。」
見せてくれるのだろうか?不安と期待でごちゃごちゃになりながらも後押しするかのようにカーバンクルの能力を教える。
するとライラがクスリと笑った。
「良いよ!これも秘密!ね?」
そう言って口に人差し指を当ててしーっとするライラはとても眩しかった。
早速カーバンクルに警戒してもらいながらナイトメアを呼び出してもらう。
「魔力を少なめに渡して最悪人が近づいてきても隠せるようなサイズで呼ぶけど良いよね?」
(「サイズなんて変えられんだな」)
驚きながらも返事をする。
「うん、充分。」
ライラが開けた懐中時計の中からキラリと宝石が光ると小さな黒い馬が現れる。
呼ばれたことに驚いたようだが嬉しそうに跳ねながら近くに寄ってきたカーバンクルを見ると納得したように鼻先を近づけて挨拶をした。
「うわぁ!かっこいい!」
興奮して思わず大きな声が出た。
黒い馬、ナイトメアというらしい幻獣はこちらをみるとやれやれ、と言った風にこちらへ寄ってきて鼻先を近づけてくれた。
艶のある毛並みが心地良い。
しばらくの間、雑談をしながらお互いの幻獣と触れ合っていると、鐘の音が聞こえてきた。
確か、子どもの会場と大人の会場が少し離れているからお茶会のお開きの時間が近づいてきたら鳴らすと聞いた気がする...。
名残惜しいなと思っているとライラも全く同じ顔をしていた。
「ふふふっ!セレンすっごく寂しそう!」
「なっ!それはライラもだろ!!」
ムキになって言い返すが、それすら楽しい。
2人揃っておかしくて一通り笑うとそれぞれの幻獣を戻す。
「……また、会えるよね?」
ライラがまた少し泣き出しそうな顔をしながらセレンのシャツをツンっと引っ張る。
そんな可愛い仕草をされると持って帰りたくなるし離れがたくなるので辞めてほしい……。
「っ!会えるよ!俺たち年も近いし、また絶対会える!
ライラも学園通うんだろ?俺、あんま家での立場よくねぇけど、幻獣いるから学園に通うのは決定なんだろ?
だから、そこでなら絶対会える!
俺の方が年上だし、先に入学してるから...待ってる」
ライラに泣いてほしくなくて、自分の思いに気付かれたくなくて早口で捲し立てるように言ってしまったが、ライラには伝わったようだった。
「なら、絶対会いに行くから。見つけるから。待ってて。絶対!」
「約束……だな」
「うん……約束。」
どちらともなく手を繋いで立ち上がる。
ライラの下に敷いていた上着を拾い上げるとバサバサと振って汚れを落とす。
「ごめんね、汚れちゃった?」
心配そうなライラ。
「黒いから目立たねぇし平気。つか高いと汚れも意外とつかねぇもんなのかね?全然大丈夫。」
本当に不思議と汚れてないのだ。
なんでだ?なんて考えているとライラが、
「あー、作るときに防汚の加工してくれるところあるから、それかもね」
そんな加工があるのか。まぁ元は溺愛されている長兄の服だ。加工されていてもおかしくない。
セレンは納得すると、ライラと一緒に会場に戻った。
お開きの時間なのにまだ王子はドレスでできた壁の中に囲まれている。
会場を見回してライラを探すと、ライラによくにた容姿の女性から何かを言われて顔を青ざめさせていた。
……大丈夫だろうか?
おそらくあの人がライラの母親である光の大公妃なのだろう。気品のある佇まいと凜とした表情。
うちの化け物とは大違いだなぁ。なんて考えていると、迎えの馬車がやってきているのに気がつく。
もし気付かなかったら歩いて帰らなければならなくなりそうだ、と急いで駆け出して乗り込むセレン。
御者は何も言わずにバタンと乱暴に扉を閉めると、これまた乱暴に発進した。
(「誰がみてるかわからねぇんだからもう少し気ぃ使えないもんかね?」)
なんて考えつつ、今日は思ったより楽しい1日になったなと考える。
「学園で会えるの、楽しみだなぁ」
今回のお茶会はだいぶイレギュラーな物だったし、いくら同じ大公家でも庶子の自分とライラでは身分が違いすぎるのだ。学園まで会える機会はないだろう。
ならばそれまでに年上としてきちんと彼女を守れるくらいの知識と力を身につける必要があるだろう。そして彼女の側にいるためにはマナーも必要だ。
思いもよらない理由で今後の方針が決まったが、それで良かった。
あの陽だまりのような少女の側にいられるならなんでも、どんな努力でもしようと誓う。
この時セレンはまだ知らなかった。
大公妃や兄弟の悪意、父である大公の思惑によって学園への入学ができないようにされることも。
それを覆すために強い幻獣を手に入れようと家を飛び出した先でライラと再会することも。
彼女の家族と一緒にリュミエール領に行き、彼の運命が大きく変わることもまだ知らない。
ライラの夢見の力すらまだ知らないのだから……。
今回はまたまた短編で、セレン視点でのお話でした。
まだまだ考えている内容があるので気になる方、楽しみにしていてくださいね。
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