第三話 ワンアクション
「ふわぁぁ〜…」
次の朝、入鹿は眠い目を擦りながら学校へと向かっていた。
昨日の出来事が気になって夜は一睡もできなかった。
これで今日一日の授業を受けると思うと憂鬱だ。
しかも今日の5,6時間は体育と国語とかいうもう殺しに来てるレベルの時間割。寝る気しかしない。
「なんか眠そうだな入鹿。ちゃんと寝たのか?」
「いや全然。」
横を歩いていた虎春が俺のことを気にかけてくれている。
相変わらず優しい。
「それなら仕方ない。今日は眠気覚ましに学校まで走るか。」
「え゛?」
こいつの”走る”は俺の知っている”走る”とは違う。
壁を軽く超えたり、道路を車と並走するようなものを”走る”と呼ばないでほしい。
そんなものを俺みたいな普通な人間に出来ると思うんじゃない。
優しさなのは知っているが、こういうのは求めていない、というか求めていたとしても出来ない。
「行くぞ!」
「ちょ待てって!」
虎春が目の前で急に加速した。
ん-。頬をなでる風が気持ちいいなぁ。
しょうがない。一旦あいつについて行ってやろう。
俺も出来る限りの力を足に込め、走り出した。
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キーンコーン カーンコーン
生徒会委員会の活動開始の鐘とほぼ同時に、そして虎春の背中を追うように校門に駆け込む。
「あれ?案外早く着いちゃったな。追加で校庭一周くらいしとく?」
「いや…遠慮…させてもらうよ…」
息も絶え絶えな俺と対照的に、虎春は汗の一粒もかいていない。
やっぱこいつ人間じゃねぇだろ。
追加でまだ走るとかこいつ脳筋の極み…
疲れすぎて心の中で喋るのも息切れしてしまう。
「早く…教室行こうぜ…」
「ん?おお、そうだな。」
一刻も早くエアコンの効いた室内に入りたい…
俺は自分の物かと疑うほど重くなった足を引きずりながら校内に入っていった。
ようやくのことで教室に着いた。
全体重を預けるかのようにどかっと自分の席に座る。
涼しい…
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パチッ
俺が目を覚ましたのは、「さようなら!」というクラスの皆の号令を聞いた時だった。
まったく重さを感じないまぶたをぱちくり。周りをきょろきょろ。
「へ?」
「お、ようやく起きたか」
「今更起きるのかよ」
「やっぱすげー疲れてたんだろうな」
何だか知らないが、クラスの奴らが俺の方を見て口々に何か呟いている。
状況が唐突すぎて飲み込めないから、もう一回ぱちくり。
「さよなら~」
出口に一番近い席の陽キャのその一声で、目が覚めたように皆同じ出口に向かって足を進める。
すぐにクラスに残った人間は俺と虎春、その他数名だけになった。
「……何が起こった?」
「お前は寝てた。以上」
俺は間の抜けた顔でぱちくりしていたが馬鹿ではない。
その一言と周りの反応で全て理解した。
俺は朝、自分の椅子に座った瞬間から今の今まで寝ていたというのか。
いや、起こせや。
「寝てるのわかってんなら起こs」
「先生には『昨日大事な用事があって寝れなくて疲れてるみたいでした』って言っといたから。みんな今日の一日、君を起こさない様にしてくれたんだ。」
虎春は満面の笑顔でそう言った。
…こいつ優しいなちくしょう。もうちょいその方向を変えてくれると嬉しいんだけどな…
ええい、過ぎた時間をいちいち気にしても無駄だ。いまやりたいことをやろう。
「…ありがとう。起きて急になんだけど、面白そうなことある?」
我ながら本当に急に話が飛んだ。
まぁそんな適当な話題で面白いことも何もあるはずが…
「あるよ」
「!」
予想外の回答が飛んできた。
びっくりしている俺の顔を見る虎春の口角がにこぉと高く上がった、いたずらっ子の様な笑顔だ。
「これなんだけど…」
虎春はリュックの二番目の大きさのポケットから何やら黒くて四角い物を取り出した。
赤く鈍く光を反射する茨のような柄と、同じく真っ赤な封蝋が押されている。
どうやら封筒のようだ。
派手な封筒もあったもんだな。
「昨日届いたものなんだけどね…実はまだ開けてないんだ。」
その言葉に俺の心臓がドドドキンと高鳴る。
開けるまで何が入っているか分からない。そのスリルと期待が織り交ざったようなこの感覚が、俺は大好きだ。俺が開けたい所だがこれは虎春のもの。でも中身を見たい…
それなら…
「ここで…開けてくれないか?」
「...いいよ」
俺は今、少年のような幼い表情をしているのだろう。
鏡で見なくてもわかる。
虎春がその顔をしているからだ。わくわく感の溢れる、俺たちが秘密基地やテレビの中のヒーローに目を輝かせていた頃のような顔を。
虎春は丁寧に封を開けて、中の物を取り出す。
中の物は薄く黒く、白色で何やら文字が書かれているようだ。
「なんて書いてあるんだ?」
「えっとね…」
俺はドキドキしながら次の言葉を待った。
書かれていることはただのつまらない物なのかもしれない。単なる虎春宛の手紙なのかもしれない。
可能性はあるはずなのに、そんな事は何一つ思い浮かばなかった。
そんなことを考えるよりも、一瞬後に聞こえるかも分からない虎春の言葉の方がはるかに大切だったからだ。
「初心者ボーナス…?なんだこれ?」
聞こえてきた言葉は、ある意味想像のはるか上を通って行った。
俺の脳にショックを与え、体を突き動かした。
「それから離れろ‼」
俺は虎春の手からそれを奪い取り、破いて何も無かったことにしようと考えた。
両手で掴み、力を込めれば破れる。そんなシチュエーションで聞こえてきた声は、
”マスターカードとの接触を確認しました”
俺がもう後戻りできないことを認識させてくれた。
”プレイヤー『虎春』を登録しました”
『プレイヤー』…
俺はその時、この言葉が意味する物をよく理解した。
俺の時はこんなサウンドは無かったが、同じもので間違いないだろう。
虎春の目の前には、青白いディスプレイが浮いていた。
続く
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