第一話 コインは入れられた
「ふへぇ~、つっかれたぁ。」
やかましい音と多種多様なLEDが自己表現をしている中に、一人の青年、いやまだ少年と言うべき顔立ちの一人の人間、入鹿が座っていた。
「そりゃあ、ドラムの達人の百鬼夜行モードをフルコンとは行かなかったけどクリアはしたんだから。疲れるに決まってんだろ。」
隣に居るこの金髪マジメガネは虎春。俺もこいつもゲームが好きという共通点があり、中学一年の時に意気投合して一緒にゲームをするようになってから友達になった。今日もこいつと学校の帰りに近くのゲームセンターに遊びに来ている。
実は小学生の頃から同じ学校だったらしいのだが、正直言って顔どころか名前の聞き覚えすら無い。虎春が言うには、同じクラスになったことがないから、ということらしいが、同じだったとしても小学生の頃の級友を思い出せる程の記憶力は残念ながら俺の脳みそには無い。
「お前そんな軽く言うけどさ、そこまで簡単に百鬼夜行モードをクリアできる奴なんてお前くらいだからな。この体力お化けが。」
この虎春という奴は見た目のガリ勉っぽさとは裏腹に、うちの学校、いやこの県の中でもトップレベルの身体能力と体力を持っているのだ。
え、俺はどうなのかって?
・・・家に帰ったら毎日のようにゲームと食っちゃ寝をしてる事だけは伝えておくよ。
「お、もうこんな時間か。」
虎春が腕に巻いた時計をみてそう言った。
店内の時計を確認してみると、その針はピッタリ六時を指している。
「入鹿、早く帰ろうぜ。」
「あいあい」
俺はもう既に素早く荷物をまとめた虎春を横目にマイペースに片づけを始める。
「…」
虎春は無言で俺の視界の端に立っているが、どうもその額の青筋がだんだんと増えている様な気がしてならない。
命が危険に晒されているような気がするから片付けの手を早めてみる。
「…」
青筋がだんだんと減っている…ような気がする。
「よ、よーし。準備できたぞぉ。か、帰るかぁ。」
「…そうだな。」
ふう。危ない危ない。今日も俺は生きている。
…生きててよかった。
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日が傾き始め、空を覆う青がだんだんと橙へと変化して行くのを眺める。
そう言うと綺麗だが、その下の俺たち二人の間に流れる空気は少し気まずい。
二人で帰るときに何も話題がない…キマズ値が高いシチュエーションだ。
その空気に耐えられなくなった俺は、少しでも話題を作るため、1つ素朴な質問をした。
「なあ虎春。」
「ん?」
虎春は気まずさをまったく気にしていなさそうな顔を俺に向ける。
そのアホっぽい顔でかなり気まずさは減ったが、この質問に対する俺の好奇心は減るどころかどんどんと増えているのでやっぱり聞くことにする。
「お前が何か能力を貰うなら、どんな能力がいい?」
「なんだ、いつものか。」
いつもの、というのは俺のこの質問のことだ。
俺は考え事が詰まったときやあまりに暇なときなど、様々な時に色々な「質問」を投げかけているから、虎春の対応も慣れたものだった。
「俺ならまぁ、『気体』の能力かな。人間が生きるには空気が必要だからな。かなり強いと思うぞ。」
「『気体』か…まあまあ強いかもな。」
気体を操れば相手は呼吸できなくなるし、引火するような気体を使えばファイアボールみたいなこともできそうだ。たしかに実用性もあって強い能力だろう。
そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に虎春の家に到着した。
「じゃあな入鹿。また学校で。」
「おう。またな。」
虎春の家のドアが完全に閉まるのを確認して、俺は一人で道を歩き始めた。
そういえばさっき虎春は使うなら気体の能力がいいって言ってたな。もし俺が使うなら…
俺は再度、さっきの考えの中に入り込む。
俺が使うなら、やっぱり柔軟に扱える能力とかがいいよな。それに、虎春と一緒に戦うとしたら、あいつの能力は『気体』だから俺は,,,『液体』ってとこか。
そんな事できるなら、すっげー楽しそうだな。
なんてことを考えていた時、ふと真横の路地をちらっと覗くと直方体の様な形をしてパッと見金属のような質感の物が落ちていた。
「…カードデッキ?」
よくよく見ると何か薄いものが重なっている様な形状をしていて、上には『Card Age』と書かれているように見える。まるでそれはありきたりなトレーディングカードゲームのカードのようだった。
「何でこんなとこに…?」
俺が気になって手に取ってみた、その時だった。
グサッ
腹部に激しい痛みが走る。
何が起こったんだ?俺は理解できなかった。
だがそれが確かな現実として起こった事であることを、目の前の黒ずくめの奴と自分の足元に垂れる赤黒い液体が、知りたくなくても教えてくる。
腹部の鋭い痛みは、だんだんと鈍い痛みと血が失われていく感覚へと変わって行った。
痛い。とにかく痛い。生まれてこのかた味わったこともない様な感覚が全身へと回っていく。
腹に刺さっていた凶器が抜かれ、血がドバっと一気に出ていく。
そして支えを失った俺の体はそのまま倒れこんでしまった。
その時に空中を舞うカードが、付き始めた街灯の光を反射して鈍く光っていた。ああ、綺麗だ。だんだんと薄れていく意識の中、黒づくめの奴がカードをかき集めるがさがさという音を聞きながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
だが、この物語はここで終わりではない。なぜかって?
この時の俺にはまだ、諦める要素が無いからさ。
だんだんと遠くなっていく足音。そこらじゅうではっきりと付き始める街灯。そして、俺の血だまりの中には、あいつの取り損ねたカードが一枚。
この一枚のカードが、これから先の運命を大きく曲げることになるとは、まだ予想できていなかった。まぁ死んでるから予想なんてできるわけないけど。
俺はこの時の出来事をあまり悪くは思っていない。この日が無ければ、俺はまだいつもと同じ、とにかく暇な生活を送っていただろうからね。
あたりが静まり返ったころ、赤く濁った生ぬるい血だまりの中から、対照的に冷たい機械のような声が響く。
〈カード所持者の死亡が確認されました。〉
その綺麗な声は狭い路地の中に良く響いた。自分はあんまり好きじゃないけどね。
〈EXカード「死からの脱出」を消費し、プレイヤーの身体を再生成します。〉
だが、その整った音声は、急に途切れてしまったんだ。
ザ、ザザザザ…
Error発生…Error発生...
〈カード所持者がッガガガガプレイヤーでデデデデはありません〉
おおっと?綺麗だった音声が、急にノイズの混じった粗悪な音声になっちゃったぞ。
〈…〉
機械的な音声がなぜか止まり、シンと静まり返る路地裏の空間。こういうときってなんだか気まずいよね。
〈書き換えが完了しました。肉体の再生性を行います。〉
よし。これでOKだな。君は運がいい。もう一度人間として生きれるんだからね。
じゃ、頼んだよ。入鹿クン。
ゲームスタートだ。
読んでくれてありがとうございました!