婚約破棄には「けじめ」でしょう
異世界の、家を守ると言う役割は、女性に課せられたものという印象が強い。婚約者として選ばれる側はいつだって女性であり、家庭に入れば、そこを守ることを求められる。
ところで昨今の流行りは婚約破棄である。またぞろ貴族のバカ男が小娘の色香に惑わされ、真実の愛に目覚めたと喚き出す現象であるが、こんなことをされれば当然、上記の家を守っていく母親と言う在り方さえ歪んでしまう。男子は一時の嗜虐的な喜びのために、そして女子はそれを社交界の傷として、理不尽に受け入れるはずであった。
そこにぶちこまれたのは、突然の男女平等の権利意識であった。
婚約を破棄する!と宣言した王子に対して涼しい顔で婚約者が放った一言は、
「では男子側はペナルティとして指を一本、婚約破棄した相手に送ると言うのはいかがでしょう」
会場に広げられるのは拷問道具にしか見えない小物。短刀と、止血用の包帯と、切り落としたそれを拾い上げるための「まな板」。
王子の婚約者が、下町の実演販売のように広げたお手軽拷問セットに、男たちが顔色を失うのは当然の事だった。
「仮に剣を握れなくなるとしても、一方的な婚約破棄が騎士道から逸脱しているのは事実ですし、もし何本も指がない男がいれば、それは人を見る目のないクソ野郎だと一目でわかるので大変ありがたいわけです。さあ殿下。名誉ある一号として、とりあえず小指を落としませんか?」
「いやっその、私は……」
「ああたしかに、泥棒猫側にもペナルティは必要ですね。では、婚約破棄を促す側となる女子は薬指を切断する、と」
「お前は……なんでそんな残酷な提案ができるんだ!?」
「婚約破棄だって残酷なのでは?指一本落とせば誰にでも求婚できるという点では、十分温情だと思いますよ」
ただこれは、けじめですから。
騎士の本懐。敵を倒し、守るべき子女を保護し、正義を貫く。いざというときは命さえ顧みない戦いに赴く彼らからすれば、この程度、耐えられなければ騎士の誓いも無駄になる。
それでも自らの意思で指を落とせたものはほとんどいなかったという。
逆に、その日からは、婚約破棄を突きつけてくる男たちに、嬉々としてエンコを詰めるのを強要する、令嬢たちの姿があったとか。