出会い
今死刑って言った?被告人は俺だよな?急に現実に戻され我に返る。
「何もやっていない!気付いたらあそこにいたんだ!頼む!信じてくれぇ!」
檻を両手で叩き必死に無実を主張するが俺の叫びに返事はなかった。
しばらくして檻が少し揺れ、檻全体が海の上に移動をし始めた。やばいやばいやばい。
下を見ると海は茶褐色に濁り、底がまるで見えない。偉い奴の手が振り下ろされると同時に海に檻ごと放り込まれた。
目の前の景色が一瞬で茶色い世界に変わる。全身に衝撃が走り檻の重力で上から抑えつけられ、身動きがとれない。
どうにか脱出しないと…頭をフルに回転させて檻に入ったときの事を思い出す。確か檻の下面には格子が無かったはずだ。下に向かって泳いでみようと手を前に出そうとするが水圧で出す事も出来ない。
どうすれば…このままだと息が持たない。
限界はすぐそこまできていた。誰か助けてくれ。まだやりたい事がたくさんあったのに…
とうとう限界がきて口の中に水が流れ込んでくる。
だめだ…もう…次第に意識が薄れてゆく
身体にある最後の酸素が水に押し出されたその時だった。
「しぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
死の淵で無意識に言葉に出していた。やっぱり人間、死の淵で思う言葉はしぬぅなのか。
そろそろ走馬灯が見えてくるのかな──
あれ、水の中で俺今喋った?
「スゥー」
大きく息を吸った。呼吸も出来るし不思議と苦しくも無い。なんでかは良く分からないが…どうやら水の中で息が出来るようになったらしい。
息が出来ればこっちのもんだ、ここから早く脱出しないと。下に泳ぐのは無理だからこうやって。
格子を両手で掴み、身体を徐々に横に動かしていく。これを繰り返せば水圧があっても少しずつ檻の端に沿って下までいける。
何度か繰り返し海底に着く前に檻の下から抜けだす事が出来た。助かった。視界がほぼ見えていない状況だが檻が瞬く間に小さくなっていくのだけは見えた。
今は息が出来るがいつ出来なくなるか分からない。早く水の上にあがらないと。
だが俺は死んだ事になっているのだから、ここですんなり水の上に上がったらまた捕まってしまうかもしれない。
反面、こんだけ水が濁っていれば港から見てバレる事もない気がするし、街へ戻らないと情報が何一つないのも困る。
考えた結果、水上ギリギリまで浮上する事にした。
浮上し海中から街の方角を見ると、真っ直ぐ街の中に伸びている用水路が3本あるのがわかった。
3本の内真ん中の用水路をしばらく泳いでいくと、途中途中に橋がかかっている。
橋の下から上がればバレる心配が最もないはずだ。そう確信してこっそりと右端から上がる事にした。
誰もいないな?周りを確認し慎重に尚且つ出来るだけ静かに上がった。手で身体についた水滴を払い、これからどうするか一考する。
目の前には階段があり、上の道に繋がっていそうだ。考えても仕方ないか…
出来るだけ音をださないように階段を恐る恐る登っていく。
「あなた…ずぶ濡れね、どうしたの?」
突然後ろから声をかけられた。階段の向かいを見ると、黒髪ロングの可愛らしい顔立ちの女性が珍しいものを見る目で俺に話かけてきた。
ゆっくりと振り返ると、女性は何かに気付いたのか目を細めてこちらを見ている。まずい、怪しいやつだと思われている。
「さっき海岸で・・・」
今にも人を呼びそうな雰囲気を察し、すぐに言葉を発していた。
「違う、俺は何もやっていない!」
「本当なんだ。気づいたらここに居た…信じて欲しい、本当に」
必死に俺は弁明をした。女性は熱意が伝わったのか納得した口調で言った。
「わかった、わかった。ずぶ濡れなんだから、家もすぐそこだしタオルがあるからついておいで」
優しい女性の言葉に一安心した。濡れているせいかうっすら涙を浮かべながら頭を深く下げて彼女の言葉に甘える事にした。
後をついていくと、階段を上がってすぐに家がありそこが彼女の家のようだ。
部屋に入ると至ってシンプルな作り。イスと机と本棚があり、本棚には背表紙が白い分厚い本がたくさん並べられている。
さっき入って来たドアの方を見てみると窓が2つ。窓ガラスはなく壁に穴が開いているという表現が正しい。自分がいた世界では考えられない。
不用心ではないかと助けてくれた彼女の事を1人勝手に心配になった。
「そこに座って」
彼女は隣の部屋からタオルを取って俺に渡してくれた。
タオルは手に取っただけで良い匂いがした。
「それで、気づいたらここに居たって?」
タオルで濡れた髪を屈んで拭いていると、俺の顔を覗き込んでついさっきの事を質問してきた。タオルを肩に掛け俺はここまでの経緯を全て彼女に話すことにした。
みずたまりに落ちて、気づいたら書斎に居て、見つかって海に檻ごと放り込まれて、水の中でだめだと思ったら呼吸が出来て──
彼女は俺の話に耳を傾け頷き、何一つ疑う素振りを見せなかった。
「風の噂で聞いた事があるんだけど…今お祭りやってるでしょ?」
元の世界に帰りたいと話した後、彼女は口を開いた。
「お祭りのイカダに乗って行くと、ここじゃないどこかで幸せになれるんだって!」
満面の笑みで喋る彼女がとても可愛かった。
「イカダに乗ればもしかしたら元の世界に帰れるんじゃないかな?」
今帰れるって?
ここじゃないどこか…確かに、元の世界に行ける可能性があるかもしれない。
「明日もお祭りがあるから参加しなよ」
「どうやったらイカダに乗れるの?」
遮るように質問すると彼女は首を横に振り分からないと言う顔をしている。
なにはともあれ、まずは祭りに参加しないといけない。イカダに乗って、元の世界に戻れるか分からないけどやらなくちゃ。
すぐに椅子から立ち上がり祭りに参加しようと思ったが、身体が鉛のように重く立ち上がれない。
今日はいろんな事がありすぎてかなり疲れているせいだ。そんな疲れた顔を見て、彼女は隣の部屋で少し休んでいくと良いといってきた。
何もかも世話になって申し訳ないという気持ちになりながらも、身体は限界なので隣の部屋で休ませてもらう事にした。
重い身体をなんとか動かし隣の部屋に行くとベッドが1つだけあった。腰を掛けてゆっくりと横になり天井を見ていると少しずつ目の前が真っ暗になった。