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短編

山に浮かぶ童心。

作者: 静夏夜


 これは私が学生時代のGWに行った家族旅行中の事。


 とある北関東の観光地ですが、隔年とはいえ何度か来ている上に親と一緒に行動するのが何か恥ずかしかったりする年頃に、少し大人気取りで一人旅気分を味わいたいなと


 旅行の準備に自分用のカメラを入れて、迷子になって泣きべそをかくような事にならない為に、少しばかりの地図を頭に入れて、もしもの為にとコンパスや非常食やをバッグに積める私の頭は遭難者。



 その甲斐もあってか、私との旅行を楽しみにしていたのか親は少し口を尖らせていたようにも見えたけれど親も行き先は特に無く。


 知る人ぞ知る系の馴染みの店での食事を楽しみに若い葉が顔を出す森林の中の優雅な散歩で腹を空かせ、食後に観光地らしい店の並ぶ町の通りで買い物やソフトクリーム等を愉しむ予定だった。



 なので私も食事に間に合うようにと、その店を待ち合わせに朝食後からは一人別行動で、カメラを持って人気のない散策路を抜け古い建物や時折リスが駆け巡る姿も見られるも春の小川と草花やの風景写真ばかりを撮っていたのです。



 そんな折にふと通り過ぎる旅行者の家族や連れ合いの老若男女が、当時は山の挨拶(あいさつ)をするのは当たり前の頃だったのもあり



「こんにちは」


 と、かけられる挨拶に小さく頷きながら


「こんにちは」


 を返すと必ず



「あら、一人で来たの?」



 と、まだ大人では無いわよあなたは。

 そう言われてるような言葉に、口惜しいけれど意地を張ってそうだと言えば通報されそうで仕方なく



「あ、私写真を撮りたくて別行動をお願いして町で待ち合わせる事にしてるんです」



 そう正直に伝える他になく、変な嘘を吐けば余計な問題が出そうだと思ったのは、嘘を吐いた同級生がその嘘を隠す為に嘘を吐き続ける事になっているのを見ていたからかもしれない。


 人の振り見て我が振り直せ、間違いなくこれだと思う。



 兎角私は馬鹿正直で良かったと思ったのは、その世話好きな連れ合いの御婦人が気を利かせてくれたのか、怪しんだのか



「じゃあ、私達町に行くからご両親に伝えてあげるわね」



 今よりはまだ、人との繋がりが濃く人を大事に世話好きな人が多かった時代だったのかもしれない。


 人を騙し貶める事をするような連中がはびこる今の世なら、親も別行動を許さなかっただろうと思えるからこそ……



「あ、あぁ、はい。一応十一時半に○○店で待ち合わせているので」



 そう言うと御婦人がヨシッ! と何かを納得したような目を見せ、歩み出すものの……



「じゃあ、私達行くけど熊とか蛇には気を付けないとよ! あと蜂とか虻にも、虫除けつけた?」



 と、納得しても不安は尽きないようで、私は手を上げ


「はい。はい。大丈夫です。ありがとうございます」



 そう言って見送るしか出来なかった。

 少し厄介にも思えるけれど親切心はありがたく、手を下ろそうとすると振り返る御婦人の視線に応え手を上げ続けて頷くばかりで写真なんかは撮れやしない。


 さすがに見通しの良い直線の散策路に〈早く曲がれ!〉と、願う気持ちが上回る。


 ようやく曲がりに入ったものの、戻って来そうで少し不安に三十秒程確認していると別の観光客が後ろからやって来る。


 正直〈もおっ!〉と、思う気持ちを抑え、先手必勝に思えてこちらからの挨拶を元気良く



「こんにちはー!」



 それはもう山の挨拶と言えるものではなく、朝から校門で門番のように偉そうに立ってる武闘派の先生に対する挨拶のような、そんなやけくそ気味な声に圧倒されたのか二十代後半位の男女がこんな学生如きの挨拶に慌てて返す。



「お、おう、こんにちは……」



 〈よしっ!〉と、何かに勝った気持ちでカメラを構え直し、その男女の後ろ姿を入れた散策路というその日初めての人入り風景写真を撮っていた。


 まるで、戦勝記念のように……




 それからも少し追われるような気持ちに足の進みが速まったのか、十時には町の近くまで来ていた。


 本当ならもっと寄り道して、少し離れた滝や有名な建物なんかも見れた筈なのに、観光シーズンなのだから当然とはいえ人の往来に追い立てられた熊や獣と同じく、山の散策路から追い出されてしまった格好に。


 待ち合わせにも時間が余り、私は観光用ではないだろう町の住民用の公園で水筒の残りを飲んでいた。



 途中で休むのも憚れる道中に、パンパンに入ったお茶の重みが少し減るのと喉の潤いに、ようやく何か落ち着きを取り戻せたと思える。


 不思議と最初に撮っていたような何でもない町の風景にカメラを構えていた。




「写真撮るなら良い所あるんだよ!」




 突然、子供の声に話しかけられ振り返る私に、それこそ世話を焼きたくなる十歳前程の男の子か女の子かも微妙な、やんちゃな子が着るスタイルに

 私は思わず、あの御婦人の言葉が頭に過ぎったのか同じ言葉をかけてしまった。



「一人で来たの?」



 けれど、その子は大きく首を振り、横の何処かを指し示して元気良く応えて来る。



「ううん、ここの子なんだよ!」



 町の地元っ子。

 けれど、言い方からして多分女の子なんだろうと思える。



「写真撮るんならこっちなんだよ!」


――SUTATATATATATA――


「え? ちょっと待って!」



 そう言って先導するように、もう行ってしまった彼女を追って行くしかない私は、あの御婦人の如くに踏み止まらせる事すら出来ずにせめて危険を回避させなくてはと必死に追っていた。



「早く。こっちなんだよ!」



 ついて行くも彼女の指し示す先には生え始めて尚、これから更に成長しようかと勢い付く藪藪藪藪藪藪。



「え、そこ?」



 立ち塞がる高い壁のような藪に少しだけ開いた獣道のような藪に抜ける穴道。


〈これ、獣道っていうかこの子の作った道じゃないの?〉


 そんな予想に藪への誘いをかけて来る彼女を私が止める事など出来る筈もなく、その藪の深さと穴の進行方向が丘の上を向いている事に嫌な予感しかない。



「ちょっと待って!」



 そう呼び止める私の制止なんて聞く耳も持たずに颯爽と薮の中へと入って行く彼女。



「えええぇぇぇぇぇ……」



 前方の藪に少し慄き振り返ると、今来た道も判らない草木茂る状況にあれ? と、彼女を追ってる時には(かが)んで通ったからこそ見えていた道と知る事に。


 行くも帰るも藪の中、だったら行くしかないじゃない。


 いえ、せめて彼女の居る方へと、十歳にも満たないだろう彼女に安堵を求めて目前の藪にある彼女の獣道へと頭を入れた。



 私も自慢じゃないけど痩せていた。

 けれど、それでもやっぱり彼女の作った獣道にはサイズオーバーな部分が幾つもある。


 何より非常食まで入ったバッグが藪の何かを引っ掛けて


――BUTIBUCHIBUTTINN――


 と、あからさまに草木を引き千切り草か虫かが弾みで飛んで来る。

 けれど不思議と蚊や羽虫やが飛んでは来ない。



 いえ、必死に登ってて気付けてないだけだったのかもしれない。


 斜度はそんなにないようにも感じたけれど、思えば何と比べていたのかも分らない。


 多分登る前に見ていた藪丘の壁の予想と比べていたんだと思う。




 だって最近になって調べた事に、かなりの高さだったんだもの。




「もう着くんだよ! 早く!」




 彼女を必死に追いかけようやく着いた先で、私は目を疑いました。



「こ、これは……」

「近道なんだよ」



 展望台。

 橋を渡り丘の裏までを回る道を回避し、ただただ丘の斜面を真っ直ぐに藪を突き破って辿り着いた先は有名な観光名所。


 確かに近道でした。



 今は道路を拡幅したせいで車だらけになり風情も無い駐車場が出来てるそうですが、当時は徒歩でしか行けず

 我が家は使った事がないので記憶も曖昧ですが、人力車だったか籠だったかが唯一の楽が出来る方法だったようで



 その観光名所には当然のように茶屋が在り、歩き疲れた皆様方が店先から道にまで出されたベンチに腰を下ろし、甘いあんこのたっぷり入った物と温かい茶をセットに盆と椀を脇に置き休む姿を目の前に


 私はハッとして自分の服やバッグやに付いた藪の痕跡を払い除けていると、あの御婦人を席に見付けて



「あっ!」



 と、思わず後ろに振り返って顔を隠したのですが、そこには彼女がまた藪の穴へと向かって足から入り



「しーっ」



 と人差し指を口にやって後退って行きました。



「え、ちょっと、せめて食べて行かない? 驕るからさ!」



 彼女は首を振り、店の誰かを指して嫌そうに消えて行くので私も彼女を追うべきかとも思ったのですが、既に汗だくで藪の斜面の獣道を降りれる体力も勇気も無くなっていると体が言っているのが解り、私は彼女の案内への感謝に



「近道ありがとうね」



 そう言ってバイバイと手を振り見送りました。


 彼女はあっという間に見えなくなり、惜しむ気持ちもとりあえずに時計を見ると二十分程しか経っていないと知り、本当に近道だったと判りましたが

 その代償は大きく、もう一度服とバッグの草葉や虫か何かを払い除けると、あの御婦人の世話焼きに目を瞑ってでも甘いあんこの入った椀が欲しくて店へと足を向けたのです。



 案の定、目敏い御婦人の手厚い世話に預かる事になった私は、その茶屋の前にある本来そちらがメインの観光名所を案内され、時間までにと町へと戻る歩みを進めようとしていたのですが


 私はそこで彼女をカメラに収める事が出来なかった事を悔いていたのか、あの藪の中の彼女が作った獣道の出入口を少し探してカメラに収めていると、脇で町の住人なのか何処かの従業員か御夫婦方の会話が



「あぁあぁ、もうこんな穴が出来てるよ。またあの子かねえ?」


「下のあの子だろ? 危ないからやめろって何度も言ってんだよ……」


「これだけ広がると獣道と間違って本当に熊が来ちゃうんだよ」


「いや、これまた観光客が被害に遭ったんじゃねえか? 穴の拡がりからして肥えた客に葉っぱ付いてんのが居たら聞いてみんべよ」



〈くっ!〉


 と、私は肥えたの部分に少しの怒りを持ちつつ、それでも冷静にそっとその場を離れ高台からの写真を数枚撮って御婦人の元へと走りました。



 こうして私の初めての一人旅は、ものの見事に大人の階段を登る事なく地元の童と藪丘を登り、まだまだ童心と同じと知らされる小さな冒険になったのです。



 帰宅後、あの藪に彼女が作った獣道の出入り口の写真を見ていると何処かから彼女が出て来そうで気になっていたのですが、今は出て来られても追いて行けないだろうなと大人になった実感へと変わりました。



 名前も知らない彼女も大人に成っているのでしょうけど、出来れば今も獣道を作る人で居て欲しいなと思っています。


 大人の私でも通れる程度の……



 

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