五月編4 四人でスーパーに買い出し
日曜日の朝娘の蘭と朝食を楽しんでいた。メニューはバタートーストとコーンスープで蘭の大好物だ。添加物が入っている市販のパンの食べ過ぎは良くないから日曜日限定にしている。
だからかこの時間娘は、大好きな戦う女の子アニメを観ながら待ちに待ったパンを食べて大はしゃぎだ。
「ねぇパパーーッ!」
テレビに釘付けだった蘭が丁度CMに入ったので振り返って呼んだ。
「んっどうしたの?」
「パパもキュアムーンみたいに戦えるのーー?」
キュアムーンとは今娘が観ている女児アニメだ。私は微笑み娘の頭を撫でた。
「アニメみたいに飛んだり跳ねたり出来ないけど、確かにパパは悪い宇宙人と戦ってるよ」
「しゅっ……パパしゅごーーい」
小さな手をあげた蘭は目をまん丸にして喜んだ。まぁこの子には事実は言えないんだけど、本当のことだから誇らしい。
「でもパパが宇宙人と戦っていることは誰にも秘密だよ」
私は人差し指を口に当ててウインクして言った。
「うんっ蘭はパパの言うこと聞くーー」
「じゃあ約束してね」
この前教えた指切りで娘と約束した。このあたりは子供ば純粋だから助かる。
「さて、そろそろ……」
私は時計を見た。現在の時刻は8時半だ。会長と御門君と一緒にスーパーへ買い出しに行く約束の時間は午前11時だ。
この姿で車を運転して行くのは駄目なので電車で行くかタクシーしかないか……
そうなると娘を一人留守番させることになる。果たして大人しく家の中で過ごしてくれるのか心配だ。
だから娘の顔を見ると目が合った。
「パパどうしたの?」
「えっ……実は今からパパは用事があって出かけるんだ」
「あたしも行くーー」
「いや、ちょっと待って蘭っ!」
流石ウチの子蘭は決めるのが早い。でも一緒に行くのは困る。何故なら生徒会の前で女子高生姿の私に蘭は躊躇なくパパと呼ぶであろうこと。
それで明らかにおかしいから皆んなに奇異な目で見られるし、娘が恥をかかせる訳にはいかない。
「パパは仕事だから蘭はお留守番だ」
「いやだっだってパパ日曜日はお休みって言ってたでしょっ!」
「蘭……」
蘭の顔は今にも泣きそうだ。一人にすると不安がる。ママを早くに亡くして無理もないことだ。別に私のせいではないけど娘を悲しませた責任感は重い。
「……分かった。一緒に行こう」
「本当パパッ―ッ?」
子供とは現金なもので泣き虫蘭はひまわりの様に明るい笑顔になった。
私は蘭の頭を撫でると行く前にある約束を交わした。それは他人と会う時は私のことを『お姉ちゃん』と呼ぶこと。蘭はうなずいたけど、ちょっと心配だ。
まあ仮に『パパ」と呼んでしまった場合、妹のおかしな癖と誤魔化せば良いんだけど、側から見て可愛そうな子と思われるのは避けたい。だから約束させた。
お皿を片付けてから私は高校の制服(上級生は白いブレザーだ)に着替え準備万端だ。ええっと、私服じゃないって? それは一応生徒会の活動だし、お菓子やジュースは生徒会室に保管しに行くから私服じゃない理由。
「さて、蘭行く準備出来た?」
「うんっ蘭準備おっけ―だよ」
「偉いぞ蘭。さあ行こう」
蘭の頭を撫でてから手を繋いで外に出た。そしてマンションの前に停車していたタクシーに乗り込んだ。
金はあるから楽して良いだろう。もっとも娘はゆりかもめに乗りたいとうるさかったが、私は徹夜続きで完璧して欲しいのでそこは折れなかった。
「蘭はタクシーは大丈夫か?」
「うんっ大丈夫だよパパ」
「あっわっ!パパは仕事で一緒に行けなくて残念だったね?」
運転手さんは無反応だったけど、初っ端から私との約束を忘れる娘に焦って誤魔化す私だった。
そして約束場所のスーパーの前に到着した。代金を支払って娘と降りると入り口で待っていた生徒会長の椿と目が合った。
タクシーで乗って来たのを彼女に見られバツが悪く私は逃げたくなった。でも頑張るぞ。
「お、おはようございます……」
娘の手を握り挨拶すると生徒会長はニヤケていた。そりゃ突っ込みどころ満載だからね。
「あらっ副会長は港区から鶯谷までタクシーで来たなんてリッチね? それに……」
前に腕を組んだ生徒会長が娘に視線を移した。
「ごめんなさい。妹の蘭がどうしても一緒に来たいと言ったから」
私はしゃがみ、不思議そうに私を見つめる蘭の頭を撫で耳元で『よそ様の前ではお姉ちゃんと呼びなさい』と念を押した。
「可愛いね―副会長の妹さんちなみに何歳?」
「うんっ今ろくちゃいだよ―」
「へー楓お姉さんとは11歳も歳が離れてるんだ―?」
生徒会長はチラチラ私の反応を見ながら娘に話しかけた。全く忌々しい。そんなに私の娘想いな一面が見れて面白いのか……
「ところで御門君は?」
せっかく二人だけの時間を取るためにワザと遅れて来たのにあのボンクラ少年の姿がなかった。
「まだ来てないわよ」
「まだっ!?」
「何よ副会長素っ頓狂な声をあげて気になるの?」
「……そんな訳ないでしょう。でも生徒会の一員なら約束時間は遵守して欲しいわね……」
「流石副会長厳しいわね」
ニヤニヤしながら生徒会長は私の肩を叩いた。ちょっと強く叩き過ぎ最悪。
「遅れてすいません」
その後10分後に御門少年が到着した。何でも寝坊したらしい。
「遅刻は社会人になったら謝って通用する世界ではないことを肝に免じた方が良いわよ」
「あっはい。すみません副会長……」
この少年に人類の未来が託されていると思うと、やっぱりしっかりして欲しいんでキツく言った。
「あら副会長ってサラリーマンみたいなこと言うのね―?」
「……ふふ、嫌ですわ、今の例えはお父様の言葉の受け売りですわ……」
「ふ――ん……それにしても貴女って本当興味深い女ね」
「……いえ、そんなことは……」
心の内側を見透かす様な生徒会長の目で見つめられた私は、思わず視線をそらしてしまった。本当に油断ならない女。
すると彼女はほくそ笑んで先にスーパーの中に入って行った。
「さて御門君行くわよ」
「あっはい……あのっ……」
私が声かけたのに御門少年は娘が気になるみたい。
「妹さんですか……」
「パパだよ――っ!」
『んっなっ!』突然娘が私に指差して何故か答えた。しかももう私との約束忘れてる。
「パパって副会長が……?」
「あっ違いますって、私の妹蘭はパパ大好きっ子でして、たまに姉の私に対してもパパと呼んじゃう癖があるんです」
「……そうなんですか、なるほど」
上手く誤魔化せた。『うんっ!』この理由なら疑われずに完璧だ。以後心苦しいが、この嘘で誤魔化そう。
「ちょっと御門君先に生徒会長と一緒に買い物お願いして良い?」
「えっ? ふ、副会長も一緒に入らないのですか?」
何動揺してるのよボンクラ少年。私がわざわざ憧れの生徒会長と二人きりになる機会を与えてやってるのだから、この状況を喜びなさい。
「ごめんなさい。妹がおトイレに行きたいと言うから」
「じゃあそれまで僕待ってますよ」
「……生徒会長を一人にさせる気ですか?」
「あっでも……」
「良いから行きなさい」
「あっハイッ!」
本気な目で睨むと怯んだ御門少年は急いで生徒会長ねあとを追って行った。
全く、本当に生徒会長に恋してるの? 最初は怖いのは仕方ないけどしっかりして欲しいね。
「じゃあ蘭、おトイレ行こうか?」
「うん」
タクシーに乗っている間トイレを我慢した蘭は素直に従った。あとは30分ほどトイレで待機するか。
そう、何も知らない少年少女をくっ付ける恋愛防衛隊の作戦が開始されたのだ。