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五月編2 訪問者

 

 私は港区海浜公園近くの32階建マンションの27階と、何とも中途半端な部屋を買って住んでいる。

 鶯谷の高校と距離があるのがご覧の様に女子高生の姿だから車では通えない。それで仕方なく山手線とゆりかもめの乗り換えで通学している。


 まぁ学校に通うだけなら良いけど、ほぼ毎日自衛隊基地や防衛省本部に報告しに行かなければならず帰りが遅くなるのだ。

 そんな訳で今日も帰りは夜の10時過ぎて手土産にドーナッツを大量に買って来た。


 それでようやく帰宅した私はマンションのドアを開けた。


「あっパパお帰りーー!」


 六歳の一人娘の鮫島(らん)が笑顔で出迎えてくれた。


「ただいま。蘭はパパが居ない間お利口さんにしてましたか?」


 私はしゃがんで蘭の頭を撫でた。まぁ色々突っ込みどころはあるが、とりあえず疲れたのでお風呂に入って娘とお話ししたい。


「ところで蘭は夕ご飯食べましたか?」

「うん。おばちゃんがつくってくれて食べたよーっ」

「そうか、偉いぞ」


 私は何度も褒めることにしているんで蘭の頭を撫でた。


 それとおばちゃんとは私が雇っている家政婦のことで、ついさっきまでウチで仕事をして帰ったらしい。私が家政婦を雇う理由としては、妻が若くして亡くなり一人娘の蘭が残され私一人では面倒見れないのだ。だから雇った。


 そして女の子の身体になってしまった私のことを、説明だけでパパと信じてもらえているのは、ひとえに蘭が純粋な心を持った子に他ならない。

 ありがとう私を信じてくれて蘭。


 それと家政婦には私のことを何て説明しているか、亡き妻の歳の離れた妹だと言って信じてもらっている。とは言え私が学校に行ってる間家政婦にパパだと呼んでるらしいが、子供の言うことだからほぼスルーしてくれて助かってる。


 そんな訳で私は娘にお土産のドーナッツを見せた。


「蘭の好きなドーナッツ買って来たからあとから二人で食べよう」

「うんっでもねパパっお客さんの分もあるかなぁ……」

「えっちょっと待って蘭っパパがいつも言っただろ? 知らない人が来ても中に入れちゃ駄目だって」


 私はしゃがんで蘭の両肩に触れ優しく諭した。しかし蘭は困った表情で首を横に振った。


「ううん、違うよパパっ蘭ねぇ気づいたらお客さん椅子に座っていたんだよ」


 娘はリビングに向かって指を指した。その真剣な表情を見て嘘ではないと分かった。


「気づいたら居たってまさか幽霊?」

「ううん、違うよ。ちょっと変わったおじさん」

「変わったおじさん?」


 それ変態じゃないのか……とにかく娘には手を出していないとなると目的は私か?

 女子高生姿の私を狙ったストーカーか、それとも政府関係者を狙ったテロリストか? ともかく訪問者の正体を確認するのが先決だな。


「ちょっとここにいるんだよ」


 口元に人差し指を当て『シーッ』のジェスチャーして娘を止まらせた。そして忍び足でリビングの扉の隙間から中の様子をそっと覗いた。


 賑やかなテレビの音がする。来訪者は何かバラエティ系の番組を観ているみたい。『……』犯罪者にしては堂々としてるのが気になるな。


 しかしソイツは奥のソファーに座っているらしく、扉から身を乗り出して見ないと確認出来ない。

 いやしかし、相手がテロリストだったら拳銃で狙い撃ちされるかも知れない……


 私は踏み込むべきか大いに悩んだ。その訳は、後ろで見あげ顔を見つめる大切な一人娘の身を案じてだ。


「何をコソコソしている?」


 するとリビングの奥から誰かが私に話しかけてきた。しかもその声は聞いたことがある。

 忘れもしないこんな可憐な身体になったあの日。


「貴様何故家にいるっ!」


 懐に隠し持っていた拳銃を握り、私はリビングに駆け込んで声の主に向かって銃口を向けた。


「子供の前で、物騒な物を出すのは良くないぞ鮫島司令官」

「……何故そこにいる。スピラリス軍地球人殲滅隊司令官ボルト?」


 ソファーの真ん中に座り足を組んでテレビを鑑賞していたスピラリス星人がそこにいた。

 私はとりあえず銃を下ろした。物理攻撃を無効化する能力を備えた星人に銃は無意味と判断してだ。


「ゴフフ……酷いじゃないか?」

「何っ!」

「だってそうだ。君は私に確認したいことがあったのだろ? だからこちらから出向いてあげたのだ。それが怖い顔して銃口を向けられたら悲しいじゃないか?」


 ボルトは両腕を広げ私に理性的に話しかけてきた。


「……だからって」


 私が思考してると娘が私の前に立った。


「パパッあのおじちゃん悪い人じゃないよ」

「……」


 いや、侵略しに来た悪い星人だよ。


「……ちょっと失礼。君は娘に我々のこと話したのか?」

「……んっ」


 スピラリス星人の一つしかない丸い目が怪しく紅く光った。


「いや、スピラリス星人のことも、恋愛ゲームのことも教えてはいないが、ただ一つ悪い宇宙人にこの身体を女の子にされたとだけ教えた」

「なるほど……で、その子は君の馬鹿げた話しを信じたのか?」

「もちろん素直な娘は私の話しを信じてくれて、こんな姿になってもパパと呼んでくれてるのだぞ」

「……女子高生姿の君は娘にパパと呼ばせているのか?」


 素に戻って組んだ足を戻したボルトは疑問を投げかけた。


「もちろん否定はしない」

「正気か君は」

「……勝手に家にあがり込んだだ星人に言われたくはないぞ」

「ゴフフ、確かになっ私は君と話しをしたくて訪問した。だが、勝手にあがり込んだのは謝罪しよう」


 ボルトは立ちあがってお辞儀した。『チッ!』妙に紳士的で知性溢れる振舞いに上から目線で見られている様で、私は非常に不愉快だ。


 しかし、交渉しに来たのなら好都合。


「……もてなすからここで待ってろ」

「了解した。私はこのくだらないバラエティ番組を観ているから風呂に入るなり好きにするが良い」

「……分かった。だけど逃げるなよ」

「ゴフフッそっくりそのまま返す。それは私の台詞だ」

「チッ!蘭っパパとお風呂入ろう?」


 首を縦に振る娘の小さな手を握って私は風呂場に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 風呂からあがりリビングに戻るとまだ星人がソファーに座っていた。


「……」


 私に気づいた星人は顔を向けた。


「何だその不満そうな顔は? 臆病な宇宙人(グレイ)みたいに消えていて欲しかったか?」

「ふふっさぁどうでしょうね。せっかく我が家に来てくださったのでおもてなししますわ」


 優等生こと副生徒会長のスイッチが入った。


「……鮫島よ。ゴフフ、無理するな」

「ふふ……お構いなく……」


 額の血管ブチ切れそうになったがおさえた。私は台所に入って茶の準備した。


 とりあえず今日買ってきたドーナッツと紅茶を出した。星人が食事をするのか知らんけど。


「お口に合うか分かりませんけど地球の食べ物ですどうぞ」


 そもそもスピラリス星人に口らしき部位が見当たらないが。


「……コレがドーナッツか実に興味深い……失礼かも知れないが、手で食べても良いか?」


 おかしなこと聞く星人だ。箸で摘んでドーナッツを食う日本人は少ないぞ。


「よろしいですよ。ドーナッツは手で食べるお菓子ですよ」

「なるほど……人間も我々と同じ手で食べるのか、勉強になった」

「んっ?」


 一体何を言ってるんだネジ星人は……


「では頂こう」


 チョコドーナッツに手をかざすボルト。するとドーナッツが手の中に吸い込まれた。


「うむっカカオマスが原料のチョコレートの苦味とサトウキビから作られた白砂糖の甘味がとても美味しい」

「……」


 スピラリス星人ボルトは文字通り手でドーナッツを食べた。


「あのっ……貴方方星人は手で食べるのですか?」

「んっおかしなことを質問する。我々は食物をどの身体の部位からも吸収することが出来る。地球人もそうじゃないのか?」


『んなもん出来るかっ!』しかし、道理で口らしき部位が見当たらなかった訳だ。そもそも必要なく退化したのだな。


 このあとボルトはドーナッツを完食し、私の隣に座る娘と楽しく談笑した。

『……』コイツは本当に凶悪な星人か分からなくなってきた。


「ゴフフ、おもてなし実に感謝する」

「うふふっ面白い方ですわね……(招いたつもりじゃないのに)」


 後ろ向いてボソッと毒ついた。


「さて本題に入ろう。今日君はターゲットに私の資料を見せたな?」

「なっ!! そっそれは故意じゃないっ!」


 動揺した私は立ちあがって否定した。


「まぁ座りたまえ鮫島君。私もその様子を見ていたが、どうやら故意ではなく君のミスだ」


『……』終始見ていたのかよ。この覗き魔星人。


「だが何も知らない生徒会の構成員は君が書いた特撮怪人の企画書と認識したからセーフだ」

「……それは助かるが、実は生徒会長がスピラリス星人の着ぐるみが出来あがったら見たいと言ってきたんだ……」

「それも許可する」


 やけに即決だな。判断が早いのは有能な司令官の証。逆に言うととんでもない脅威で、彼に比べたら地球人のエリートは赤子同然だ。


「そろそろ私は帰るが、聞きたいことはあるか?」


 空になったティーカップをテーブルに置くとボルトは立ちあがった。


「最初に会った時、貴様は愛を知りたいと言ったな?」

「そうだ。私は愛とは何か知りたくて人類に恋愛ゲームを提案した」

「……それなら何もあの少年でなくても……」

「それではゲームにならない。それとも何か、不甲斐ない少年に君が変わりたいとでも?」

「それはない。私が愛するのは泣き妻早苗(さなえ)だけだ」

「素晴らしいっそれが君の愛か?」


 感動して拍手をするボルト。しかし、近代芸術みたいな無機質な顔からイマイチ感情が読み取れない。


「質問はないか?」

「……ええ今は特に……」

「よろしいだが、聞きたいことがあったらいつでも私を呼ぶが良い」

「ふふっ余程お暇なのですね」

「ゴフフッ」


 釣られて笑ってんじゃない。嫌味の一つ言ってやった。

 そもそも誰のおかげで死ぬほど忙しい目に遭ってんだと、目の前の星人に説教したいところだ。

 まぁ私の隣で眠そうにウトウトしてる娘の蘭のことがあるから、今回は勘弁してやる。


「ゴフフ、今日は楽しかったよ」

「んっやっと帰ってくれるかスピラリス星人」

「ゴフフッ楽しい新学期は始まったばかりだぞ。さてこれからどんなドラマが待っているのか私は楽しみだぞ」


 そう言うとボルトの姿が足元から透明になり消え去った。


「楽しみだと……私は不安で仕方ないぞ……」

「パパーー変なおじさん帰ったのー?」

「うん。あのおじさんお星さまの元に帰ったよ。ところでもう遅いからパパと一緒に寝よう」


 私は蘭の頭を撫でた。


「うんっ!」


 一緒に歯を磨いたあと蘭の手を握って寝室に向かった。とは言え今夜は凄い経験をしたが、混乱する脳を休めるため眠りにつきたい。


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